米国大統領選挙、トランプ氏の可能性とその深層

米国大統領選挙、一時はヒラリー氏の当選が確実視されていましたが、メール問題等もあり、トランプ氏の巻き返しで選挙の行方がわからなくなってきています。金融市場では、先週よりトランプ氏巻き返し報道で、リスクオフの動きが見られ、円高、株安の展開になっています。金融市場の動きはさておき、今一度、トランプ氏支持の背景、当選の可能性を考えたいと思います。

私は、今年5月、本アゴラに「米国、トランプ氏の支持と批判の背景」と題する投稿の中で、トランプ氏の企業家としての可能性と米国国民の現状不満感が、支持の背景ではないかとしました。思想的な意味では、現状の支持もその延長線上ということができるとと思います。現在、報じられるトランプ氏有利な州をみると、その支持層は保守系、共和党支持者が担っていることがわかります。(共和党候補ですので、あたり前と云えばそれまでですが。)一時、移民問題の発言から新たな移民に仕事を奪われえているブルーカラーが熱烈な支持者像とされた時期もありましたが、最近の分析では、所得が徐々に低下している白人系中間所得層の現状不満の受け皿的な意味での支持が根強いとされています。この点をもう少し掘り下げて考えてみます。

米国の一般的なイメージとしては、英国からの独立という歴史的な背景もあり、所謂WAPS(白人、アングロサクソン、プロテスタント)が国を担う指導層という感じです。しかし、共和党の支持州(米国中部)の人口構成や歴代大統領選でキーとなるオハイオ州の人口構成からは、ドイツ系の人たちが大きな割合を占め、米国の政治経済で中心的な役割を担っていたのではないかと考えられます。国政をリードするエリート層という意味では、WAPSが中心的な役割をしていたのかもしれませんが、その政策を実際に動かしていく過程では保守思想のドイツ系の人たちがその担い手であったのではないでしょうか。そして、正にこの層がトランプ氏を支持する白人系中間所得層となっているのではないでしょうか。

米国に限らず、また時代によらず、経済的な不満は常に政治形態に影響を及ぼします。人々は豊かさを求め、生活を脅かすような経済状況を由とはしません。米国における貧富の格差の問題は、一部の富裕層以外にとっては、生活を脅かすような逼迫した問題となっており、これが現状を否定する、変革を求める声となっているように思います。

近年、米国の経済政策と貧富の格差問題を、非常に大雑把に見ると次のようになります。まず、レーガン大統領による政策(レーガノミクス)は、強いドルによる米国への資本回帰で経済成長を促すもので、一部の産業(金融や軍需産業など)に恩恵をもたらしたものの、貧富の差を拡大させる結果になったと云えます。その後、クリントン政権では、リベラルに方向転換して財政支出による景気拡大策を講じています。しかし、財政支出の経済成長は一時的な効果はあるものの長期的には解決策ではなく、ブッシュJr政権では、再び市場主義、小さな政府という形の政策がとられ、経済の牽引役としての金融市場が重視され、規制緩和や投資減税など、富裕層に有利な政策が推進され、貧富の格差は更に拡大する結果となっています。その政策、市場原理主義の行き過ぎがリーマンショックをもたらしたと云えます。そして、市場主義の行き過ぎを否定し、変革を訴えたオバマ氏が大統領になっています。しかし、オバマ大統領への期待は失望に変わったのが現状です。

この間、中間所得層の所得は横ばいから下落になっています。そして、この中間所得層の伸び悩みは消費活動を衰退させ、経済成長を鈍化させる大きな要因となっています。一部の富裕層以外にとっての景況観においては、悪循環がずっと続いてるような感じではないでしょうか。富の再配布という観点から、上から下への波及という政策(保守的な思考の政策)も下へ配布重視の政策(リベラルな政策)も結局はこの悪循環を断ち切れていないのが米国の現状ではないでしょうか。

このように考えるなら、保守、リベラルに関係なく、既存勢力への反発、不信感、否定が表面化してきている現象が、トランプ氏やサンダース氏への支持の背景ではないかと思います。

トランプ氏への支持が、暴言と云われる発言でもあまり失わないのは、既存勢力やウォール街と一線を画しているからではないかと思います。政策として象徴的なのは「グラス・スティーガル法の復活」を掲げている点です。これは金融業界および金融業の富裕層にはマイナス要因となる法律で、20世紀初頭の大恐慌の反省から作られたものです。リーマンショックを大恐慌になぞらえるなら、正に歴史は繰り返すということでしょうか。それから、保守系の多く人々が主張する銃規制反対や国民皆医療保険の反対の政策を訴えていることも、根強い支持につながっているように思います。

米国の大統領選、どちらが当選するかはわかりませんが、日本をはじめ同様な経済的、政治的な課題を抱えた先進各国は、米国の政策的な影響もさることながら、米国民の選択に注目しているのではないでしょうか。