定年後再雇用の悩ましい問題!

高齢化で企業の悩みとなっている再雇用問題(写真ACより:編集部)

昨今、定年後の再雇用に関して、企業側にとって厳しい判例が出ています。

ひとつは、再雇用に際して同じような業務に従事するなら定年前より賃金を下げてはならないというものです。トラック運転手の従業員たちが再雇用に際して賃金を下げたれたのは、「同一労働同一賃金」の原則に反するから違法だと判断しました(その後、高裁で異なった判決が出ました)

もう一つは、事務職だった人を再雇用して事務職でない仕事を命じたところ、高齢者雇用安定法の趣旨から、同じ事務職として再雇用すべきであり職種を一方的に変えるのは違法だと判断したものです。ただし、この判決は損害賠償のみを認めました。

以上の2つの判例によって、企業としては、再雇用にあたって職種を変えることができず、同じ内容の業務に従事する限り定年前の賃金を維持しなければならなくなります。上場企業の場合、総人件費を上げるとROEが低下して株価下落要因になるので、高齢者の人件費負担の増加は若年層や非正規社員の賃金抑制や低下を促すことになりかねません。

もっとも、これは裁判所の責任ではなく高齢者雇用安定法という法律の責任なのです。同法は、定年を65歳まで延長するか、さもなくば雇用継続しろと事業者に命じています。そして、一定の欠格事由がない限り事業者には雇用延長義務を課し、雇用延長を原則としています。このように、定年延長が同法の本来の趣旨である以上、裁判所としては上記のような判断を下さざるを得ないのです。

ところで、日本の企業の年功賃金性は、職能資格を上げていくことで成り立っています。職能資格制度における職務遂行能力は勤続によって蓄積されていくものだという暗黙の了解があるので、就業規則に定めがない限り一方的な降格は許されません。ちなみに、職能資格というのは「部長」や「課長」といったものとは全く別の、事務二級職、事務一級職…書記二級、書記三級という一見なじみのないもので、部課長のような役職とは別物であることは注意して下さい。

この「職務遂行能力は勤続によって蓄積される」というのはあくまでタテマエに過ぎず、年功賃金制度は「搾取」と「非搾取」の構造だと説いたのが著名な経済学者であった故森嶋通夫氏です。例えば、21歳から60歳まで年功賃金制度の下で働く場合、中間である40歳までは仕事の割に給料が少なく年長者に「搾取」され続け、41歳下ら60歳までは仕事の割に給料が高く年少者から「搾取し返し」続ける制度だと説きます。だから、若くして会社を辞めるのは「搾取し返す」機会を永遠に失うことです。余談ながら、20代で脱サラした私は、搾取し返す機会を失いました(笑)

おそらく、森嶋氏の説の方が年功賃金制度の現実を捉えているのではないでしょうか? 同じ職場にいる50代の従業員の能力が、20代の社員の3倍も4倍もあると一律に考えるのは、いかにも無理があります。

同一労働同一賃金という視点に立てば、60歳間近の正社員の賃金は明らかに高すぎて、非正規社員との格差がとても大きいのが現実です。しかし、先ほど述べたように、職能資格の降格は原則として許されません。定年となって再雇用する場合にも、他の職種に配置換えして賃金を下げることはできません。このままでは絶対に同一労働同一賃金の実現は不可能です。

政府は、同一労働同一賃金を声高に叫んでいますが、それと明らかに矛盾する高齢者雇用安定法と職能資格制度を変えようとはしていません。もし、先の2つの判例の唯一の抜け道を考えるとしたら、再雇用に際して同じ「事務職」を維持しつつ、再雇用者を新入社員でもできる雑用や機械的作業に回すことでしょう。同じ職種で賃金を下げるにはこれしかありません。しかし、これって一昔前に流行した「自主退職を迫るための追い出し」と同じだと思いませんか?

法の適正な運用の結果が「社内イジメ」につながるのではないかと、一抹の不安を感じています。

 

荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2016年11月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。