日本銀行の独立性は必要か

池田 信夫


おとといの記事は専門家に論議を呼んだが、私の解釈は大きくは間違っていないようだ。浜田宏一氏が「私がかつて『デフレはマネタリーな現象だ』と主張していたのは事実で、学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」というように、シムズの論文はリフレ派の死亡宣告である。

しかし浜田氏が「借金は返さずに将来世代に繰り延べることもできる。リカードの考えでは公債は将来の増税として相殺されてしまうが、そこまで合理的な人はいない」というのは誤りだ。シムズの理論はリカードの中立命題の拡張であり、彼の理論はネズミ講の非存在(No Ponzi Game)」を仮定している。浜田氏のいうようなネズミ講が起こったら政府債務は発散する。

FTPLの弱点は代表的家計の予想が合理的(自己実現的)だという仮定に依存していることだが、シムズはケインズ的モデルも考えている。ここでも物価水準を決めるのは、政府(財務省)であって中央銀行ではない。これは彼を批判する人々も合意する点で、中央銀行の独立性は必要かという大問題につながる。

今までの新古典派的な理解では、物価水準は財政とは無関係だったので、政治家が景気刺激を求めてインフレを起こすのを防ぐために中銀の独立性が必要とされ、日銀法も1998年に改正された。しかし物価水準を決めるのが財政赤字だとすると、中銀の独立性どころか、日銀が必要かどうかもわからない。

これがシムズ論文の主要な論点で、彼は「財政政策と金融政策の協調が必要であり、今でもそれは行なわれているので財政=金融政策を議会に明示すべきだ」と答えている。これは政府が中銀をコントロールすべきだから独立性は必要ないという意味である。これもジャクソンホールで大反響を呼んだ理由だが、いわれてみると当たり前だ。

今でも日銀の国債購入は財政政策であり、日銀法で認められているが、国会の承認なしで400兆円以上のリスクを取るのは適切ではない。いま日銀は30兆円以上の含み損を抱えていると推定される。これは一般会計から資本注入できるが、そんな巨額の政府支出は政治的に不可能だから、シムズも指摘するようにバランスシートを膨張させるのは危険だ。

しかし日銀が「倒産」すると日本経済は大混乱になるので、その純債務は国民が負担するしかない。つまり黒田総裁は財政赤字を「先食い」しているのだ。このようなモラルハザードは好ましくないので、日銀法を改正して政府が日銀のバランスシートをコントロールする必要がある。日銀に独立性をもたせるなら43条の「政府の認可」を厳格化し、日銀を「ナロウバンク」にすべきだ。

これは財政インフレの対策としても重要だ。大幅なインフレが起こった場合、投資家が損するのは当然だが、銀行が破綻すると金融危機で経済が崩壊する。それを防ぐには、日銀がlender of the last resortとして無限に融資する必要がある。それは巨額の財政支出になるので、政府がコントロールしないと対応できない。

増税は政治的に困難だが、国債購入による(潜在的な)増税は容易なので、政府(中銀)は裁量的な金融政策で「インフレ税」をかける傾向が強い。これがまさにフリードマンがマネーサプライ目標(k%ルール)で阻止しようとした問題だが、日銀のインフレ目標はその逆になっている。

ただし中銀の裁量的政策より議会の監視する財政政策のほうがいいというシムズの理論は、デモクラシーを過剰に信頼している。大統領がトランプのような無責任男になった場合は、FRBより危険な財政=金融政策をとるおそれが強い。それによってハイパーインフレが起こる可能性も、シムズの予想した通りだ。