安倍政権が抱えた「駆けつけ警護」という不発弾

新田 哲史

自衛隊観閲式に臨む安倍首相(首相官邸サイトより)

共同通信の世論調査で、安倍政権の支持率が一気に6.8ポイントも上昇して、60.7%に達した。アゴラでも「解散風がまた吹き始めた」(早川忠孝氏)と指摘する記事も載り始め、衆参ダブル選挙の話もあった今年の春頃ほどの緊迫感はないものの、永田町では、年明けの通常国会にかけ、政局が動くのではないかという空気が漂っているようだ。12月8日発売の近著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)では、原稿の締め切り間際まで、発売時の政局の動きを予測しながら書き直しが続いたが、想定外のことが起きないか、いまでも気が気でならない。

解散シナリオに水を差す波乱要因

こういう時は大御所の発言につい目が止まる。選挙プランナーの三浦博史氏は昨日更新したブログで、与党の上昇、野党の低迷という情勢が数値化されてきたことから「私が総理なら解散をしますよね!来年の今頃以降も高支持率をはじき出している保証はありませんから」と書いておられたが、「波乱要因」として「安倍内閣・自民党のオウンゴールや国際情勢の急変、民進党執行部の激変、維新の想定外ブレイク等々」を挙げている。小池新党がこの中に入っていないのは、「旬は過ぎた」ということらしいが、都政の劇場化があるかはともかく、民進党の体たらくぶりも考えれば、それらの要因で、政権にとって最も現実的なリスクは国際情勢の急変であろう。

トランプ氏当選は政権の想定外で、TPPについてもトランプ氏が当選後に改めて批准しない姿勢を示したことは、「波乱」とも言えるが、選挙中からの主張を続けていることなので、年明けの新政権発足に向け態勢は立て直しやすい。年末の日露交渉についても北方領土について劇的な進展はないことが総理自身も覚悟していることがペルーでの発言からうかがえ、むしろ国民の期待値をいかに低くコントロールするかという段階に入っている。

そういう意味では、真の波乱は、世の大半が「まさか爆発するとは」と思う不発弾にたとえられるような緊急事態のことを指すであろう。その点、「駆けつけ警護」は、杞憂で済むかもしれないし、自衛隊が初めて海外で局所レベルとはいえ「実戦」に巻き込まれるかもしれない。

「試金石」となる南スーダンでの中国軍兵士の犠牲

問題は後者のケースだ。仮に隊員に死傷者が出れば、70年間、戦争から遠ざかっていた日本の国民やメディアがどのような反応を示すだろうか。

1993年5月、カンボジアのPKO活動で、岡山県警から派遣されていた日本の文民警察官が武装勢力の襲撃で殺害され、その2か月後の総選挙で自民党は公示前勢力を維持したものの、野党に転落した。ただ、これは自民党から小沢一郎氏らが離党し、非自民の8党による連立政権を築いたもので、この時の犠牲は大変痛ましいものの、政局に大きな影響を及ぼしたとは言い難かった。犠牲になったのは警察官で、移動中に巻き込まれたものであり、仮に「駆けつけ警護」で自衛隊員が戦闘して死傷者が出る想定とは、世論へのインパクトが違うのかもしれない。

南スーダンでの任務遂行中に万一戦死者が出た場合の世論の反応について「試金石」となる記事を先日、ウォールストリートジャーナル(WSJ)で読んだ。今年7月8日、スーダンの戦闘に巻き込まれて死者が出た中国軍兵士と中国の世論を取り上げたこの記事だ。

無言で帰国する兵士 南スーダンで中国が気付いた大国の代償(WSJ)

印象に残ったところは、このくだりだ(太字は筆者)

若い兵士は棺桶に入れられて帰国することも多い。それはどんな国であれ、国外の任務へ部隊を派遣したときに直面する辛い現実だ。米国をはじめとする多くの国では珍しい光景ではない。だが中国人にとって、任務遂行中に兵士が死亡するのは1979年にベトナムと戦争して以来のことだった。この戦いの後、中国は外国の紛争に介入しないことを国是としてきたのだ。中国の元外交官で中国社会科学院の王洪一研究主任は「国内の反応はこれまでに見たことのないものだ」とし、南スーダンでの犠牲は「政府、軍隊、社会に大きな波紋を広げている」と話す。

軍事費が世界第2位(推計)とされる軍事大国の中国にして、この状態だ。しかも最後に外国との交戦で兵士が死亡したのが37年ぶりにして世論の受け止めに「見たこともない大きな波紋」となるわけだから、70年以上、戦争のリアルから距離を置いてきた日本の世論が激烈になる可能性は誰もが思う浮かべるところだ。国会前では、昨年の安保法制を巡る反対デモを超える規模の群衆が集まるかもしれないし、朝日新聞を筆頭とするリベラル系のメディアの安倍政権たたきは堰を切ったように勢いを増すであろう。

「助太刀」の覚悟が日本に問われているはずだが…

しかし、国際協力の必要と人道的観点、日本の平和憲法の理念、自衛隊の現行体制の現実を踏まえ、ギリギリの中で抑制的に一歩を踏み出すに至った経緯を忘れるべきではない。

日本の自衛隊がPKOに参加している中で、国連やNGO職員、他国の兵士などが武装勢力に襲われ、救援を求められた時、自国の都合を盾に断れば、PKOに参加する他国からの信頼が大きく損なわれる。軍事ジャーナリストの清谷信一氏が自衛隊の救護体制の脆弱性を再三指摘しているが、とにかく万難を排し、リスクを極限まで最小限化したとして、なお勃発した緊急事態において、サムライの国が「助太刀」に躊躇してしまえば、日本はどう思われるだろうか。

だが、政局が動く時の「世論」は冷静な政策論議をするための理性が薄れ、脊髄反射的に責任論を持ち出す感情が支配的になるのが定石だ。もちろん政治責任は重大だ。ただし、日本が集団的自衛権の行使を決めた以上、遅かれ早かれ、相応の覚悟が国民に問われるという長期的な視点で議論されるべきところ、短期的に眼前の「自衛隊員の戦死」を巡る話ばかりで事態が進んでいく可能性が高い。

万一のリスクが起きた時、政権運営・解散総選挙にどう影響するのか、与野党はもちろん、新党結成の可能性もある小池氏・その周辺を含め、「世論ゲーム」のプレイヤーたちの運命がどうなるのか、戦後70年間、誰も見たことのない展開が待ち受けているのかもしれない。

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民進党代表選で勝ったものの、党内に禍根を残した蓮舫氏。都知事選で見事な世論マーケティングを駆使した小池氏。「初の女性首相候補」と言われた2人の政治家のケーススタディを起点に、ネット世論がリアルの社会に与えた影響を論じ、ネット選挙とネットメディアの現場視点から、政治と世論、メディアを取り巻く現場と課題について書きおろした。アゴラで好評だった都知事選の歴史を振り返った連載の加筆、増補版も収録した。

アゴラ読者の皆さまが2016年の「政治とメディア」を振り返る参考書になれば幸いです。

2016年11月吉日 新田哲史 拝