弘兼憲史と荒木飛呂彦 島耕作とジョジョの漫画術 ガッカリなのはどっち?

常見 陽平

私は、「耕作員」である。島耕作の大ファンだ。単行本は全部持っている。


歴代キャラ紹介から、島耕作がどんな女性と何回関係を持ったかまでまとまっている、この島耕作クロニクルももちろん持っている。


「成功」「出世」「情愛」のシーンを集めた企画物まで出ているが、もちろん所有している。


「永遠の伴侶」である、大町久美子をフィーチャリングした、この企画物も持っている。

私がどれだけ島耕作が好きか、あなたは知らない。どう伝えたらいいのか、分からないくらいなのだ。今も連載中の『学生島耕作』と『会長島耕作』を愛読している。


本題はここからだ。その島耕作の作者、弘兼憲史先生が『島耕作も、楽じゃない。 仕事・人生・経営論』(光文社新書)という本を出した。本のリリースを光文社新書のTwitterで知り、私は発売日を指を折り数えて待った。結局、バタバタしていて発売日には読めなかったのだが。

やっと入手して読んだのだが、激しく心が落ちた。申し訳ないが、駄作もいいところだ。むしろ、「ゴーストがいました」「別人が書きました」とカミングアウトして欲しいくらいだ。もちろん、忙しい大御所漫画家が出す本なので、構成作家はいてもおかしくないのだが。

弘兼憲史先生は、ビッグネームである。島耕作もサラリーマン漫画の金字塔である。

ビッグなだけに、文字と行間もビッグでびっくりした。なんだよ、この文字が少ない感じ。

これは前書きだからだと思い、ページを進めたのだが。

相変わらずビッグだった。まるで、芸能人の本みたいじゃないか。以前、ニコ生で中川淳一郎と一緒に、小向美奈子と鼎談したことがあるのだが、その際に「失礼のないように・・・」と思い、わざわざ買って読んだ、彼女の自伝『いっぱい、ごめんネ。』(徳間書店)を思い出した。

文字の大きさに嫌な予感がしつつも、きっとこれから面白くなるのではないかと思ったのだが、私が島耕作信者であることもあるのだろうが、新しい発見がほぼまったくなかった。いや、読みどころがまったくないわけではない。弘兼憲史先生の「イクメン」をめぐる発言の誤解に関する釈明など面白いエピソードは満載だし、長期の連載を持っているなら「3割バッター」くらいの打率で各話を書いていくのが良いなどの考え方は参考になった。だから、終始ガッカリというわけではない。

ただ、最後にドーンと気持ちが落ちるのが、これまで雑誌などで対談してきた著名経営者に関する人物評のコーナーだ。柳井正(ファーストリテイリング)、澤田秀雄(エイチ・アイ・エス)、唐池恒二(JR九州)、新浪剛史(サントリーHD)、辻本憲三(カプコン)といった経営者と対談した際に感じたことなどがまとめられているのだが、これが実に中途半端で、彼らの魅力、人柄が十分に伝わってこない。まだ、対談記事をそのまま載せてもらった方がよかった。芸能人のいちゃいちゃ人脈自慢を読んでいるかのような気分だった。そう、LINEニュースによく出てくる「◯◯と◯◯がすっぴんでインスタ登場、ファン仰天」みたいなあれだ。

弘兼憲史先生が取材に力を入れていることはこの本を読んでよくわかったものの、40歳以下の人たちや、普通の会社員との接点が圧倒的に少ないのではないかということを確信してしまった。だから、新しい読者が獲得できない。

島耕作を読もうと思っているが、どこから読んでいいのかわからない人、弘兼憲史先生の本やインタビューを読んだことがない人なら楽しめるかもしれない。私が「耕作員」と呼ばれるほどの、島耕作マニアだから物足りないのかもしれない。ただ、島耕作を冠にして出す、仕事論、漫画論の本としては極めて弱かったと言わざるを得ない。光文社新書としても、15周年という記念すべき年なのに、これは失策ではなかったか。

ファンなら薄々気づいている、「島耕作安売り問題」そのものである。島耕作ブランドを活用し、荒稼ぎしているのではないか、と。その過程でガッカリの連鎖を生み出しているのではないか、と。「島耕作検定」などはなかなか残念だったし、古市憲寿氏と島耕作の対談企画などは、極めて残念だった。これは古市氏が悪いのではなく、企画の筋が悪かったし、なんせ、島耕作の描き方が下手くそだったからだ。

なお、この場を借りて暴露(あえて、元チェッカーズの高杢禎彦風に”ぼうろ”と読むこと)すると、数年前「島耕作ブランドのスマホゲームの監修をしませんか」と声がかかったことがある(講談社本体ではない)。ただ、これがまさに島耕作を安売りしてくれるなという感じの話で、打ち合わせをしていて辛くなり、やんわりとお断りしたことがある。島耕作ブランドの管理は、十分にできているのだろうか。

まあ、島耕作関連のコラボだと、数年前に行った「ほぼ日」と一緒に出した手帳は秀逸だったのだが。

島耕作とほぼ日のコラボはこうして生まれた 学生編と手帳はファン垂涎の組み合わせだ
http://toyokeizai.net/articles/-/56151

ほぼ日手帳はぶっちゃけ、文化系ワナビー臭、意識高い系臭がして今までまったく使わなかったのだが、このコラボがあった年は、ほぼ日手帳島耕作バージョンを使った。意識高く、名言メモに使っちゃったぞ。保存用にもう1冊持っていたりもする。

荒木 飛呂彦
集英社
2015-04-17


こういうことを比較するのもなんだが、同じ漫画家の仕事術の本だと、『荒木飛呂彦の漫画術』(集英社新書)の方が圧倒的に面白い。

私はジョジョが大好きな人材でもある。日々ジョジョ立ちの練習をするくらい、訓練を重ねている。家庭での会話でもジョジョの名セリフが出てくるくらいだ。

荒木飛呂彦先生も大御所なのだが、こちらは文字が小さく、行間も普通くらいだ。

それはそうと、この本のスゴイ部分は、出し惜しみを一切していないことである。荒木飛呂彦流の漫画術が惜しげもなく公開されている。世界観のつくり方、物語の盛り上げ方などが具体的に語られている。サラリーマン論や漫画家論を語りきれているようで、やりきっていない弘兼憲史先生の本との違いが、そこにある。だから、弘兼憲史先生の本は逆にサラリーマンにとっては釈迦に説法で。貧弱ぅ、貧弱ぅという感じだ。一方で、荒木飛呂彦先生の本はファンにとってはたまらないことは言うまでもないが、サラリーマンが企画書をつくる際にも使える本になっている。

もちろん、弘兼憲史先生はこの手の本を何度も出しているし、インタビューもよくビジネス誌に掲載されている。荒木飛呂彦氏が仕事術についてここまで深く語るのは、これが最初で最後のような感じだろう。その差はあるし、比較してもいけない部分なのであるが。

弘兼 憲史
講談社
2016-11-22


島耕作の作品に関しては、何度目かの旬がやってきている。個人的な一押しは、この学生編だ。日本の若者の現在過去未来をつなぐ作品であり、エンタメ性、メッセージ性も高い。なんせ、弘兼憲史先生が大変に気持ちよく描いていることがよくわかる。まあ、弘兼憲史先生は、いまは本業に専念して頂くのが良いのかもしれない。

さらりと10分くらいで書き上げるつもりが、結構な時間が過ぎてしまった。それくらい私は島耕作が大好きな人材だ。いつか弘兼憲史先生と対談する日が来ると信じている。人生の夢の一つだ。だが、その際はファンとして、思ったことを思ったように話す展開になるのだろう。その日がくることを夢みつつ、今日も仕事をしよう。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2016年12月1日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた常見氏に心より感謝申し上げます。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。