いつまで続く政治的な玩具
北方領土交渉をテーマにした日ロ首脳会談(16日)が迫ってきました。「正念場を迎える」、「最大のヤマ場となる」とあおってきた新聞などは、「大きな一歩を進めるのは簡単ではない」(日経社説)と、論調を大きく転換させました。ロシアに安倍政権が踊らされ、いくつかの新聞は安倍官邸に踊らされてきました。
ロシアは北方4島を日本に返還することを、本気で考えきたとは思えません。一方、首相は現実的な可能性が少ない願望を外交の目玉に据え、地元の山口県長門市で首脳会談の開催という大舞台を用意しました。国民やメディアに対する宣伝効果は抜群でした。両国の主張は平行線をたどっており、会談で多少の日ロ関係の改善がみられても、島の返還は実質的な棚上げになるのか。それでも外交的、政治的な駆け引き材料として、今後も使う価値は十分にあると考えるのでしょう。
返還の経済的価値は小さい
多くの国民が抱いてきた疑問は、「北方領土が戻ってきたら、日本にどういうメリットがあるのか」です。「もともと日本の領土である。その返還は、国家としての悲願である」、「戦争の渦中に紛れて、他国の領土を占領したロシアの不法行為を改めさせることに重大な意味がある」、「尖閣諸島を含め、領土紛争を解決するのは、国家的大義である」。こうした大原則に異論を唱える国民は、まずおらず、それは重要なことです。
問題はそこから先です。「漁業権益が戻ってくる」、「領土が多少なりとも拡大する」といっても、ロシアは経済的な見返りを要求してきます。ロシアが言い出している「共同経済活動」はその一つだし、日本側が持ちかけている「8項目の経済協力プラン」(エネルギー協力、医療支援、極東開発など)もそうでしょう。返還後は、道路、都市開発などのインフラ整備に巨額のおカネがかかります。
かりにロシアが歯舞、色丹の2島の返還に応じるとして、戻ってくる小さな島と漁業圏の価値と、それにかかるコストはバランスするのか。また、国後、択捉では軍事基地の建設が進み、3500人の兵力を持ち、太平洋に抜ける海上航路を守ろうとしています。安全保障の観点から、ロシアはこの2島を返還する気はないと考えるのが普通です。返還されるとしても、軍事基地付き返還はありえないし、あったとしても、基地の撤去・移転費用を日本側が負担するのか、しないのか。財政赤字と低成長の日本に大きな重荷がのしかかるのですね。
返還されても旧島民も戻らない
つまり、国家的大義の正当性を除くと、返還にどの程度のコストがかかり、どの程度の具体的なメリットがあるのか、それらが釣り合うかが問題です。政府は「そこまで考える段階ではまだない」と、説明を避けてきた印象です。また、返還後に北海道などから戻ろうとする旧島民は少ないでしょう。日本人が帰還しない島の返還におカネをかける価値を国民が認めるのかどうか。
4島には1万7000人のロシア国民が居住しており、彼らの扱いはどうなるのか。返還後も居住する場合、どちらの国の法律が適用されるのか。返還に持ち込めたとしても、返還後の施策の複雑さ、経済的なコストを考えれば、考えるほど、難しい問題が待ち受けていることに気づきます。ただし、以前、ブログに書きましたように、極東で日ロ共同プロジェクトが進めば、対中国、北朝鮮へのけん制にはなります。そこに大きな意義があることは否定できません。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年12月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。