TVなどで盛んに「有明には将来性があるからアリーナは作ったらいい」「民間資本をいれたら都民の負担も減らせる」という意見が紹介される。これはもともと調査チームが考えている選択肢の一つだ。だが、調査チームは同時に横浜アリーナの案も追求すべきだとする。なぜそうなのか?もちろん既存施設を使えば安上がりだ。世論調査で約74%(日経、ヤフーともに11月上旬調査)の方が「有明よりも横浜」と回答されたのもコストを考えてだろう。強い民意を尊重すべきだ。だが、2つの選択肢の違いはコストだけでなく、単純でない。そんな中で「調査チームは目先の役所のコストダウンしか考えていない」といった批判があると知った。そこで情報公開の一環でなぜ2つの選択肢か整理したい。
現行計画の問題点
現行の有明アリーナの建設計画(404億円)は、過剰設備、過剰スペックで入札プロセスも適切でなかった可能性が高い(一者入札、入札事業者の評価プロセスの妥当性など)。そのため通常よりも割高な価格で契約されている。それを調査チームが見直し、現時点で約70億円のコストダウンができた。しかし、これ以上の大幅な是正には限界がある。
民間資金の活用案は魅力的
実は安上がりで使い勝手の良いアリーナを作るのならば、都は土地を貸すだけで設計や建設には一切口を出さず民間に建ててもらうのがベストである。最初から民間事業者を公募し、彼らにとって使い勝手の良いアリーナにする。コンセプトも設計も材料品質も全部見直す。官庁入札方式をやめて普通にゼネコンに競争してもらう。こうすれば今の計画より安く、魅力的なアリーナができるだろう。オリンピック開催期間中は、組織委が借りて使う。建設費はかかるが、あとで利用できるし税負担は限りなく安い。これができたら一番いいだろう。
だが、この案は間にあわない可能性がある。有明は軟弱地盤だし設計からやり直していると工期が間にあわない。企業の公募、選定やら企業側の資金調達にも時間がかかるだろう。
現行計画のままで建てて民間に譲渡
次善の策は現行計画のまま建てて2020年夏に間に合わせる。そのうえで都庁がアリーナを民間企業に売る、あるいは運営権を売却する(10-20年分くらい)。企業努力で営業収入は増え、運営コストも下がれば最終的に税負担は減る可能性がある。
ちなみに公共施設を丸ごと民間企業に売る例(いわゆる払い下げ)は、随所に例がある。例えば公立病院を事業継続を条件にゼロ円で売った例がある。公共性を担保しつつ、所有権を譲渡する。運営権を売る方法もある(コンセッション)。有名な例は関西空港と伊丹空港でこれはオリックスを中心とする企業連合が関西空港会社から運営権を買い取って、民間企業の創意工夫で収益改善している。
コンセッションの場合、所有権は都庁に残り、大規模修繕などの負担は都庁が負う。これは水道、空港などのインフラでよく使われる。災害復旧の際に民間所有だと修繕復旧などに手間取ることがあるからだ。
運営権を買う企業がいるのか?大丈夫だと思う。価格さえ折り合えば、やる気のある企業はいる。赤字と見込まれる場合はどうか。その場合は、管理委託費を役所が負担する(指定管理者方式)。この場合、外郭団体よりは民間企業に任せた方がいい。
いずれにしても有明全体の価値向上が大切
なお有明アリーナはオリンピックの競技会場という視点から立地選定された。駅から距離があり、周りに住宅もあるので夜遅くまで使えない。関東全体でコンサート需要は強いが、2020年以降は各地のアリーナが改修され、競争が激化する。有明は地元の人口増があまり見込めない(今の7,8千が5年先で数万になる見込み)。
だから2020年の五輪バレーボールは横浜アリーナで開催し、仮に有明にアリーナを建てるにしても別途、民間企業がアリーナ経営の視点に立った新施設を建てるという考え方もある。従って2020年に向けて有明アリーナを建てる場合は、全体の開発のペースを早め、土地自体の競争力を高める方策をとるべきだろう。
アリーナの運営企業は当然、魅力的なイベントを誘致する努力をするし、収益改善のために飲食や物販にも力を入れるだろう。これに加え、有明地区全体、エリア全体の価値(デスティネーションとしての魅力)を上げるために都庁がやれることがある。例えば、鉄道やBRTなど交通整備、公園や飲食など魅力的な空間づくりなどだ。
実は有明には体操競技場(仮設施設)、有明テニスの森などオリンピック用の施設がどんどんできる。いずれにしても今から、2020年以降のエリア全体の発展計画を描いたほうがいい。これはバレーボール会場がどこになっても同じだろう。
楽観論は危険
ちなみに「コストなんか気にしない。都庁は逡巡せずにさっさと有明アリーナをたてるべきだ。建てたら有明は発展する」という勇ましい意見がある。しかし地域の発展の起爆剤はアリーナとは限らない。テーマパークや商業施設、あるいは学校・企業のほうがいいのかもしれない。この種の勇ましい議論には失敗事例が多く、危険だ。
IOCの人たちはどうか?
IOCは、開催都市の都市政策にまでは口は出さない。しかし個人的意見として、彼らは「有明アリーナを建てるなら面的な開発戦略も必要だろう」という。有明にはテニス、体操、バレーボールなどが集中する。個々のスポーツ施設のレガシーに加え、地域のレガシー、全体像も示すべきだという。有明は「オリンピックパーク」に似た状況にあるのでそうした打ち出しもありえるとおもう。
現状
以上の前提に従って、都庁は「横浜」「有明」の両方の可能性を追求している。また「有明」についてはさらなるコストダウンを検討している。その結果、いずれの計画も熟度があがりつつある。
ちなみに調査チームは、4者協議が終わったので解散し、現在はオリパラ準備局と都政改革本部の合同PTで検討している。元調査チームの特別顧問と特別参与もPTに参加しているが施設問題については主に横浜を担当し、有明は局の実務メンバーが検討している。
全体コストの見直しが肝
ちなみに目下の最大の課題は、実はオリンピックの全体コストの管理体制の構築である。今回の3大施設の見直しでは、3か月の作業で約433億円(有明建てる場合の試算)のコストダウンをひねり出した。しかし、4者協議を経て総予算は約2兆と判明した。これをどう抑え込んでいくかが最大かつ最重要課題だ。先週もその方策を巡って帰国前のIOCスタッフとさんざん議論をした。前途多難だがこれまでの経験に照らし、かなりの削減余地が秘められているとわかった。そして4者がその共通認識を持ったことこそがこの3か月の大きな成果といえる。
編集部より:このブログは慶應義塾大学総合政策学部教授、上山信一氏のブログ、2016年12月4日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた上山氏に感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。