北方領土の返還拒否と同然の露大統領

中村 仁
日露首脳会談安倍&プーチン20161215kaidan05

首相官邸サイトより(編集部)

方向転換が始まった日ロ交渉

安倍首相の郷里山口県にプーチン露大統領を迎えて行った首脳会談は、予想通りの結果になりました。初日の会談内容の説明もあっさりしており、「北方4島は日本に返還しないよ」と言われたのに等しいとの印象を受けます。首相の当初の期待が甘かったのか、失敗しても大統領を招待したほうが政治的な得点になると考えたのか。その双方でしょう。

これから何度、ロシアを揺さぶっても、こちらの足元をじっと見るだけでしょう。日本固有の領土ですから、いつまでも返還要求の旗は降ろさず、つまり棚上げ状態にしたまま、交渉の方向転換を図るべきでしょう。実態として、すでに方向転換は始まっていると思います。メディアも、国民に受ける4島問題ばかりに焦点を合わせず、視野を広げるべきです。

どちらの方向かといえば、極東における日ロの経済関係を注意深く強化し、軍事的な膨張を続ける中国、暴発しかねない北朝鮮への防波堤にすることです。その点については、両首脳は双方にメリットがあると、分かりあっていると思います。中国や北朝鮮が嫌がる路線を選ぶのが賢明でしょう。

言いたい放題のプーチン氏

訪日直前に日本の新聞のインタビューに応じ、日ロ関係に対する大統領の思いを語りました。これを読めば、首脳会談などしなくても、すべて分かると、言わんばかりの詳細な内容です。日本が返還の拠り所とする60年前の日ソ共同宣言について、「北方4島の帰属は共同宣言の枠を超えている」との主張を繰り返しました。要するに返還は約束なんかしていないよ、の意味でしょう。

さらに今回、到着時間が2時間40分も遅れ、ロシア側は「重要な案件があった」とかいっています。わざと遅刻することで言外に何かを示唆したかったのでしょう。首脳との会談に遅刻する常習犯で、自分のほうが上位に位置すると威張りたい同情すべき人物です。あるいはロシアの時計がみな、何時間が狂ってしまっているのかもしれません。

日ロ経済関係を強化するといっても、そんなロシアが相手ですから、用心は必要です。ウクライナに対する天然ガスの供給を止めたり、対ソ制裁の頃、欧州に対してはガス供給を交渉の武器にしようとしていました。資源の共同開発ならともかく、送電線を日本に引いたりすると、関係強化が日本の弱みになりかねません。

墓穴を掘る共同経済活動

シベリア開発と並んで、4島における共同経済活動がテーマになっています。どちらに主権を認めるか、どちらの法律を適用するかに加え、そんな計画を進めたら、ますます4島の返還は非現実的となります。水産加工、医療、環境、観光などの充実を図れば、4島の1万7千人の定住ロシア人にとって住みやすい地域となります。地域が整備されると、さらに4島を手放したくなくなるでしょう。

日本にとっては、4島は墓参、漁業権、水産加工などを除けば、経済価値は大してありません。他方、ロシアにとっては特に軍事、安全保障面からの戦略的な価値が増してきました。専門家の解説では、「北極防衛に北方領を重視。国後、択捉の軍事的価値は高い」(兵頭慎治氏)です。

さらに「4島は日米安保条約の対象地域になるのか。米軍基地を置く可能性はあるのか」に、ロシアは関心を示しているそうです。また、かりに将来、北方領が返還されるとき、すでに存在するロシアの軍事基地をどうするのか、という難題もあります。領土返還をめぐる政治、軍事的な環境は日本にとって厳しくなっています。

新聞の論調の大筋は、「領土交渉の進展に見合うように」、「経済協力で食い逃げされないように」というところでしょう。実際は、領土交渉は実質的に方向転換が始まっていると考えるべきでしょう。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年12月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。