Google社を蹂躙した村田マリの天然ニューラルネットワーククラスタ

藤沢 数希

DeNAの医療情報サイト「ウェルク」が薬事法などに抵触する疑いがある記事を載せていたことをきっかけに炎上した。そして、その背後にある著作権ロンダリングの手法が暴かれることとなった。DeNAは、ネットで細々と書いていたブロガーやWikipediaの記事を著作権法を回避する形でパクり、広告収入を総取りしようとしていたわけで、常日頃から不満を抱えていたライターたちの怒りが爆発してしまった。さながら江戸時代に利益を独占していた庄屋が、貧しい百姓たちに暴動を起こされ、家屋を破壊されたり放火されたりした「打ちこわし」のような様相を呈している。

これを見て、他の大手インターネット企業も、ネット貧農たちの怒りに怯え、キュレーションサイトを次々と閉鎖した。この騒動はインターネット史に、「DeNA打ちこわし事件」として長らく記録されることになるだろう。一方で、半ば確信犯的に、著作権法違反のコピペや、2chや個人ブログの信頼できない情報をソースとしたデマ名誉毀損記事などを粗製濫造する、より低品質・悪質な零細ネットメディアが、DeNAなどの大手がいなくなった世界で次の覇者になるべく勢いを増している。インターネットは、昔も今も無法地帯である。

さて、このような文脈で書かれた記事は、それこそ安いライターが大量にネットメディアに投稿しているので、すこしググればいくらでも見つかるだろう。じつは、筆者はこういうネットのコンテンツビジネスの文脈では、今回の事件を見ていなかった。もっとテクノロジーとして重大な意味を考えていたのだ。それは、村田マリというある意味で天才起業家が、Google社をたったひとりで打ち負かした、という事件だったのだ。そして、この事実こそが、人工知能の未来を雄弁に暗示している。

今年はGoogle社のAlpha碁が世界最高の囲碁棋士を破ったり、Tesla Motorsなどが自動運転のデモンストレーションを披露したりと何かと人工知能が注目された。そして、こうした技術を支えるのは深層ニューラルネットワーク(=ディープラーニング)という、人間の脳の神経回路の構造を真似た機械学習のアルゴリズムである。

ニューラルネットワークとシナプス

週刊金融日記 第242号 人工知能の歴史とこれからのビジネス

ニューラルネットワーク自体は昔からあるものだが、良質な学習データがインターネットの発達とともに大量に利用可能になったことや、コンピュータの計算速度が向上したことにより、ここ数年、音声認識や画像認識、また翻訳などの分野で、かなり実用的なものができてきた。そして、この人工知能の分野で、最高の頭脳と圧倒的に膨大なコンピュータリソースを持ち、世界最先端を走っているのがGoogle社であるということに異論の余地を挟む者はいないだろう。検索エンジンはGoogle社のコアビジネスであり、その研究開発にはGoogle社の最高の頭脳が投入されている。ディープラーニングを搭載した世界最高の人工知能により、ユーザーは広大なインターネットから欲しい情報を瞬く間に見つけることができる。この技術によりGoogle社の時価総額は50兆円を超え、世界最高の価値を持つ企業となっているのだ。

さて、村田マリの作ったウェルクはどれほどすごいサイトだったのだろうか。「風邪」「二日酔い」「咳が止まらない」「死にたい」「ヘルペス」「安全日」「クラミジア」「ものもらい」・・・・・・など、数千にも上るありとあらゆる医療健康関連ワードで、Google社の検索エンジンでトップに表示されるサイトになっていたのだ。

●ウェルクの恐ろしさが分かる資料、主要キーワード独占
https://twitter.com/shimalog_jp/status/797094008245796864

こうした記事は、学生アルバイトやクラウドソーシングで集められた極めて低賃金のライターに書かせていた。まったく取材や文献リサーチをしないライターが、ネットで見つけた記事の切り貼りと著作権を回避するための文章表現の改変で、記事を大量生産していたのだ。こうしたコンテンツの作成手法や背後のSEOの理論も、いまや多くの解説をネットで見つけることができる。しかし、未だに誰も、このことの本質的な意味を理解していないようだ。

それは、村田マリが徹底的に使った「天然ニューラルネットワーククラスタ」という技術の本質的な優位性である。多くの評論家や投資家が、人工知能による夢のような未来を思い描いているが、ウェルクのある意味での成功によって、そうした人工知能の技術的な劣位、経済的な限界が奇しくも浮き彫りになった。ディープラーニングが人間の脳の神経回路を模範したものだとしたら、そこに未来がないことは明らかなのだ。なぜならば、それは最も安価で、地球上に大量に余っているリソースであるからだ。

Google社のコンピュータ上に再現された稚拙なニューラルネットワークより、遥かに高度で圧倒的な柔軟性と処理能力を誇る天然ニューラルネットワークが非常に安価に利用できることを、村田マリは発見したのだ。そうである。人間の脳そのもののことだ。クラウドソーシングで安価に集められた天然の神経回路は、簡単なグループウェアを使いクラスタ化できる。この天然ニューラルネットワーククラスタで、極めて効果的にGoogle社の検索エンジンを攻撃し、完膚なきまでに蹂躙した。

天然ニューラルネットワーククラスタ

人間の脳は、大量に生産され、極めて安価に利用可能だ。この事実ゆえに、神経回路の出来損ないであるディープラーニングには未来がないのである。現在でも、村田マリの手法で、ほとんどの人口知能は簡単に攻略することが可能である。そして、それはこれからも変わらないのだ。

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編集部より:この記事は、藤沢数希氏のブログ「金融日記」 2016年12月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「金融日記」をご覧ください。