トランプ政権はトランプ・共和党保守派の連立政権
2017年、トランプ政権発足まで約20日程度となり、そろそろ本格的に同政権の閣僚人事について論評していきます。
同政権の閣僚人事を一言で評価すると「トランプ人脈と保守派人脈の連立政権」と言えるでしょう。ビジネスを重視するトランプ人脈、建国の理念(小さな政府)を重視する保守派、の両派によって主要閣僚人事が構成されており、米国共和党内で権勢をふるってきた主流派エスタブリッシュメントの影が薄くなりました。
大統領選挙本選においてブッシュ・ロムニーら共和党主流派が離反し、選挙戦をトランプ氏と保守派が協力して乗り切った結果が大きく影響していることが伺えます。
そのため、従来までと同じ共和党政権の体裁は取っているものの、史上最も保守的な政権と呼べる閣僚の配置状況となっており、それらの保守派の原理に上乗せされる形でトランプ氏の経済的な交渉センスが発揮される布陣がなされています。この特殊な二重構造を理解することで同政権に関する実態に近い論評が可能となります。
本論考では上記のトランプ・共和党保守派の連立政権という視座に立ち、今後米国内で起きる政策展開について予測を行っていきます。したがって、日本国内では極めて珍しい視点からの分析となるものと思われます。
産油・産ガス国、エネルギー産業国家に生まれ変わる米国
最も大きな政策転換は米国内のエネルギー資源開発に関する規制撤廃です。
昨年7月にノルウェーの独立系調査会社Rystad Energy社が試算したシェールを含めた石油埋蔵量は米国が世界第1位となっており、トランプ政権によって米国は産油・産ガス国、その輸出国として変貌していく可能性は十分にあります。
そして、入閣した保守派の3閣僚(エネルギー省・環境保護局・内務省)と国務長官人事がその政策転換を象徴しています。
リック・ペリー・エネルギー省長官は前テキサス州知事であり、2011年の共和党予備選挙で無駄が多い政府機関としてエネルギー省の廃止を謳った人物です。実際には同省の役割は原子力に関する管理がメインとなるものの、エネルギー産業と深く結びついたテキサス州知事経験者によってエネルギー規制緩和が強烈に推進されていくことになります。
スコット・プルイット環境保護局長官は、オクラホマ州司法長官などを歴任し、シェールオイルなどの採掘に重要な水圧破砕法の影響を連邦政府が監視することに異議を申し立ててきた人物です。また、直近では、オバマ政権下の環境保護局が実施した温室効果ガス削減のためのクリーンパワープランにも反対しています。
ライアン・ジンキ内務長官は連邦政府所管の土地でのエネルギー資源開発に前向きです。米国では州政府所管の土地でのエネルギー開発は進んでいますが、連邦政府所管の土地の開発は不十分な状況にあります。地味な役どころではあるものの、エネルギー開発における同省の役割は非常に大きいと言えるでしょう。
上記の保守系の閣僚の入閣に加えて、レックス・ティラーソン国務長官の存在は非常に大きいものと思います。エクソン・モービルCEOとしての国際的なエネルギービジネス経験、世界有数の産油・産ガス国であるロシアとのコネクションは、トランプ政権下におけるエネルギー増産政策・輸出政策を成功させる鍵となります。
これらのエネルギー関連の閣僚人事は、エネルギー関連規制の緩和という悲願を達成したい保守派、経済の柱としてエネルギー産業を育成したいトランプ氏の両者の意図が組み合わさった見事な人事と言えるでしょう。
ウォール街出身者と敵対する保守派の「ドッド・フランク法廃止」という手打ち
トランプ政権では、ゲーリー・コーン国家経済会議議長、スティーブ・ムニューチン財務長官らのゴールドマンサックス出身者、著名な投資家であるウィルバー・ロス商務長官などが登用されました。そのため、トランプ氏の選挙期間中の反ウォール街姿勢に対する支持への裏切りと看做す向きも出ています。
しかし、これらの投資銀行などの出身者と共和党を支持する保守派は、ドッド・フランク法の廃止または大幅な修正という一点で利害を共有しています。
リーマンショックへの反動として導入された金融機関に過度な規制を強いるドッド・フランク法を廃止し、金融機関の組織運営や貸し出しに関する自由度を高めることは、ウォール街も共和党保守派も賛成しています。したがって、同法案への理解が深いウォール街関係者が経済系の閣僚として入閣しても不思議ではありません。
共和党保守派の支持者の多くは自営業者などの小規模事業経営者などです。したがって、彼らは地域の金融機関であるコミュティバンクなどからの借り入れを行っています。トランプ氏及び共和党は、ドッド・フランク法が制定されたことで、地域金融機関の貸し渋り・倒産が増加していることを問題視しており、同法を廃止・修正することに合意しています。(商業銀行と投資銀行業務を切り分けるグラス・スティガール法が復活するかはまだ分かりません。)
ちなみに、トランプ氏が任命したプロレス団体CEOのリンダ・マクマホン中小企業局長は、叩き上げの経営者であるとともに、グラス・スティガール法の廃止が金融危機の一因とみなして連邦議会における再制定を働きかる活動をしていた保守派の人物として知られています。
したがって、パッと見た感じではエスタブリッシュメントな人々の入閣人事は保守派(トランプ支持者含)への裏切りのように見えますが、実際には政治的な妥協は既に済んでいると看做すべきでしょう。
国内法制(社会保障、労働、教育など)の再自由化を推進する保守派
規制廃止・緩和の流れはエネルギーや金融だけではなく、更に幅広い分野の政策に展開していくことになります。具体的にはオバマケア廃止、労働法制緩和、教育の自由化などについてです。
トム・プライス保健福祉長官は連邦議会における反オバマケアの急先鋒として知られており、連邦議会においてオバマケアの廃止法案を立案した人物です。米国版の国民皆保険であるオバマケアはバラ色の社会を保証したわけではなく、巨額の財政負担の見通し、保険料の値上げ、企業側の正社員削減への誘因増、無保険者への罰金などが問題となっており、共和党は同法に強く反対する立場を取っています。
アンドリュー・パズダー労働長官もオバマケアには反対の立場であるとともに、連邦政府による最低賃金の引き上げには反対する立場です。共和党は最低賃金の裁量を各州に移管することを主張しています。(現在は連邦法以上の最低賃金を各州が定める場合はそちらに準拠し、残りは連邦法によって定められた最低賃金が適用されます。)全米でファーストフードチェーンを展開・現場に精通してきた同氏が労働長官に就任することは理にかなっているものと思われます。
ベッツィ・デボス教育長官は米国児童連盟委員長を務め、スクール・チョイス(学校選択制度)やチャータースクールの推進者です。米国では公立学校の環境が必ずしも良いものとはいえず、近年で独自のカリキュラム・環境で教育を行うチャータースクールが増加しています。同氏は教育改革に熱心なマイク・ペンス副大統領の推薦と言われており、同政策は保守派が非常に力を入れている政策分野としても知られています。
トランプ氏とも大統領予備選挙で保守派候補として競合し、その後いち早くトランプ支持を打ち出した黒人医師であるベン・カーソン氏は住宅都市開発長官に就任。同氏は大統領予備選挙からインナーシティ問題などの都市問題に注目し、選挙の論功を含めて抜擢されることになりました。
一方、規制を強化する分野を挙げるならば不法移民対策ということになります。これはジェフ・セッションズ司法長官が担当することになりますが、実はオバマ政権下でも7年間で250万人の不法移民を追放しており、不法移民を不当に擁護する聖域都市への補助金支給などについて従来よりも厳しい運用がなされる程度となるでしょう。
保守派には減税政策、主流派・民主党にはインフラ投資の使い分け
トランプ氏は税制・財政政策を上手に活用することで経済成長と議会対策を実現していく模様を見せています。米国では減税政策は共和党保守派、インフラ投資は民主党に親和的な政策とされています。そして、共和党主流派は保守派・民主党の中間的な立場といったところです。
所得税の簡素化・減税、法人税の大減税、領域課税は共和党保守派にとっては非常に望ましいものと言えるでしょう。
マイク・ペンス副大統領はインディアナ州知事以前の連邦議員時代からのティーパーティー支持者であり、プリーバス大統領首席補佐官は2011年の共和党全国委員会委員長選挙で保守派から支持を受けて同委員長に選出された人物です。この二人が政権の重要職に就任しているだけでも政権内での保守派の影響力の強さを示されている状況です。
この二人は日本で紹介されるときには主流派との繋ぎ役として紹介されていますが、いずれも減税を推進するティーパーティー運動の拡大に努力してきた人物であり、主流派とも話ができる保守派の人物と評するほうが正しい認識と言えます。
一方、スティーブ・バノン首席戦略官が強烈に推進する巨額のインフラ投資は、共和党主流派及び民主党を取り込むための政策として機能していくことになるでしょう。なぜなら、インフラ投資のような財政政策は共和党保守派は好むものではなく、即効性がある景気浮揚策として必要ではあるものの議会対策は容易ではないからです。
そのため、ブッシュ政権でも閣僚を務めたエレーン・チャオ運輸大臣の登場ということになります。彼女の夫は上院共和党主流派のドンであるミッチ・マコネル氏です。彼女がインフラ投資を所管する運輸大臣に就任することは、トランプ政権におけるインフラ投資が共和党主流派の利権であることが事実上のメッセージとして送られたことになります。
一方、米国内の公共インフラは老朽化が進んでいるため、民主党側のヒラリーもサンダースもインフラ投資を打ち出していました。そして、トランプ氏のインフラ投資額として選挙期間中に明示されてきたものはヒラリーとサンダースの中間規模のものでした。共和党側の一部が反対することも視野に入れて、民主党側を取り込んでいく可能性も十分にあります。
インフラ投資は共和党主流派と民主党に対する交渉カードとして機能していくことになるでしょう。
国連、中東、ロシア、トランプ政権人事から見えてくる外交・安全保障の意図
上記でも触れた通り、トランプ政権においてはエネルギー外交などの経済外交が重視されていくものと推測されます。つまり、余計な軍事コストなどをかけず、経済的なメリットを得ていくという方向です。この点においてもトランプ氏と保守派のコラボレーションは上手に機能していると言えるでしょう。
米国にとって、国連、中東、ロシア、中国などが外交・安全保障上の重視すべき要素です。
国連(事実上は欧州)についてはトランプ氏はあまり重視する姿勢は見せていません。そのため、国連大使のポストを国内政治対策のためにうまく利用する形となっています。今回国連大使に指名されたニッキー・ヘイリー女史はインド系で女性のサウスカロライナ州知事です。日本ではあまり知られていませんが、2016年保守派年次総会であるCPACにおいて副大統領候補者に相応しい人物として首位となり、共和党保守派から絶大な人気を誇る人物です。
実は彼女はトランプ氏とは予備選挙では途中まで対立関係にありましたが、トランプ氏はこの曰くつき人物を国際的な見栄えの良いポストに立たせることで保守派の懐柔を図ることに成功しました。ニッキー・ヘイリー女史は共和党初の女性大統領候補者としてトランプ氏の次に頭角を現す可能性が高い人物として覚えておいて損はないでしょう。
中東については対イランで強硬な姿勢を見せている以外は比較的抑制的な布陣だと言えます。
共和党はイランとの核合意・制裁解除に一貫して反対しています。また、トランプ政権は米国内のエネルギー開発を順調に進めていく上でイランからの石油の輸出による価格下落を防止したいというインセンティブを持っています。そのため、イランに対しては極めて厳しい陣容であり、その急先鋒が対外諜報活動を統括するマイク・ポンぺオCIA長官です。同氏はイラン核合意について下院において最も強硬な反対の論陣を張った人物として知られています。
一方、ジェームズ・マティス国防長官やマイケル・フリン国家安全保障政策担当大統領補佐官は、様々なメディアの憶測とは異なり極めて現実的な人々だと思われます。両氏は米国保守派の基本的なスタンスである同盟国重視の姿勢であり、単独行動主義のネオコンとは距離が遠い人物です。そのため、中東においてもサウジアラビア、イスラエルとの関係を重視し、ロシアとの妥協によって同方面の安定化を図っていくものと考えられます。
ロシアについては選挙期間中からのトランプ・プーチン間のラブコールが示す通り、オバマ政権下の半冷戦状態から劇的に改善していくことになるでしょう。両国の間には本質的な安全保障上の利益の相違が存在しています。しかし、トランプ氏がその利益の相違を乗り越える意思があることはプーチン氏と深いつながりを有するティラーソン国務長官を任命したことで明確になっています。その結果として、米ロエネルギー産出国同士の国益に基づく非産油国に対する協商関係が生まれることになるでしょう。
ただし、両者の最も大きな利益の相違点はミサイルディフェンスに関する見解にあり、この点についてはトランプ・プーチン政権になったとしても解決しないでしょう。トランプ政権のブレーンとして機能しているヘリテージ財団は同政策の強烈な推進者であり、対ロシア安全保障政策はミサイルディフェンスに重点が置かれるものとなっていくことが予想されます。
アジア向けの通商政策の見直し、米中の表面上の対立と事実上の関係深化の可能性
アジア向けの人事で注目したい人物は、国家通商会議を統括するピーター・ナバロ大統領補佐官・通商産業政策部長、マット・ポッティンジャー米国家安全保障会議アジア上級部長、テリー・ブランスタド駐中国大使の3名です。
ピーター・ナバロ補佐官は、カリフォルニア大学教授で対中強硬派として知られた人物です。新設される国家通商会議は経済分野だけでなく安全保障面も大統領に具申するとされており、アジア政策に関する保守派側のキーパーソンということになります。12月に行われた台湾との電話会談もナバロ氏やヘリテージが仲介したものとされています。
マット・ポッティンジャー氏は中国でWallstreet Journal などの記者として、環境問題、エネルギー問題、SARS、汚職などについて報道し、その後海兵隊に所属してイラクやアフガニスタンなどの現場に従事した人物です。アフガニスタンにおけるインテリジェンス活動を再建させるためのレポートを上述のマイケル・フリン国家安全保障首席補佐官とまとめたメンバーでもあります。従来までの学者肌の同職の人々とは異なり、現場の中で揉まれたたたき上げの人物です。
テリー・ブランスタド駐中国大使はアイオワ州知事であり、習近平中国国家主席とは30年近い友人関係を持った人物です。トランプ政権が習近平国家主席をターゲットにしたトップ外交のための人脈として北京に送り込む形となります。また、アイオワ州の産品でもある農産物の輸入緩和を同国に迫る意図も見え隠れします。
以上のように、トランプ政権にとっては東アジア外交とは中国との関係を意味しており、TPPも日本も台湾も対中関係の変数として扱われていることが良く分かります。トランプ氏が祭英文女史と電話したり、ウィルバー・ロス商務長官がジャパンソサエティーの代表を務めていることに喜んでいる程度の日本外交のレベルでは先が思いやられます。
中国に対して貿易摩擦的な保守派の強硬な論調で押しつつも、習近平氏とのトップ会談による問題解決を志向する姿勢は明白です。おそらく為替、補助金、その他諸々の話題で米中関係は表面的には深刻化するでしょうが、両国の間における妥協が徐々に成立していくことで米中関係は却って更に深まる可能性もあります。
トランプ政権を理解・分析する上で必要となる視座とは何か
トランプ政権を理解・分析するためには、米国共和党の保守派の方向性を理解した上で、トランプ氏が任命する具体的な人事情報を基にしてその意図を汲み取ることが重要です。
現在、日本国内で流布している有識者・メディアによるトランプ政権評は、大統領選挙以前と何も変わらない米国やトランプ氏に対する無理解に基づく情報ばかりです。
トランプ政権に対するレベルの低い報道に終始した2016年は既に終っています。新しい年である2017年では、米国に誕生するトランプ政権という新たなスーパーパワーについてより意味がある議論が行われることを期待しています。
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