釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置されたことを受け、韓国駐在の長嶺安政大使が9日帰国した。といっても「一時」帰国ではあるが、韓国サイドは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
韓国政府の反応は、日韓合意遵守と反日世論との板挟みに苦しみつつも、まだ努めて冷静さを装っているようだが…。
慰安婦問題 「状況悪化招く言動自制を」=韓国大統領代行
【ソウル聯合ニュース】韓国の黄教安(ファン・ギョアン)大統領権限代行首相は10日の閣議で、旧日本軍の慰安婦問題について、「状況の悪化を招きかねない言動は自制することが韓日関係における未来志向の発展のために望ましい」と述べた。(朝鮮日報サイトより)
しかし、世論の本音を鏡のように映し出すメディアの論調は、もっとはっきりしている。いやはや、見出しは勇ましい。こちらは朝鮮日報。
怒ってる、怒ってる。
しかし、韓国政府側は、少女像を設置している主体が民間団体であることをいいことに、日韓合意で約束した「適切な措置」をまともに履行していない。釜山市では、道路法違反で一度は撤去したにもかかわらずだ。およそ遵法精神もないらしく、この中央日報の記事を見れば、識者コメントの形を借りているとはいえ、メディアまで、道路法違反行為を公然と「擁護」している(太字は筆者)。
慰安婦少女像、ソウルでは設置できて釜山東区庁は撤去・押収…なぜ(12月30日)
少女像は2011年12月14日に駐韓日本大使館前に設置された後、韓国各地に55体が設置された。日本・米国・オーストラリアなどの海外にも15体が設置された。釜山のように行政機関が少女像の設置をはねつけたケースはない。専門家たちは今回の事態が昨年12月の韓日合意以降、慰安婦イシューが政治的問題に変質したためだと指摘する。韓国挺身隊問題対策協議会の尹美香(ユン・ミヒャン)代表は、「韓日合意以前は保守団体とも言えるセマウル運動・在郷軍人会が少女像を設置するほど慰安婦問題に対しては保守・進歩の別は特になかった」とし「朴槿恵(パク・クネ)政府が強大国論理に屈服し、保守勢力も抵抗することなく無力に受け入れた結果」と分析した。
日付を見るとわかるが、この記事は、釜山市が一転して少女像の設置を許可する前の段階だ。およそ韓国国内のメディアで作られる「世論」が圧力をかけている構図がわかる。
拙著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)では、国内政治の情報戦の一端を取り上げたが、日本よりも遵法精神が薄い彼の国では、情報戦がさらに幅を利かせている。道路法すら守られないわけだから、日本と長期的に仲良くやっていこうとする良識派の声など、簡単にかき消される勢いだ。とても、まともに外交関係が構築できるようには思えない。
報道によると、長嶺大使の帰国は一週間程度の見通しのようだが、このまま日本で“無期限の正月休み”を過ごしてもらい、実質的な「大使召喚」の状態を継続したほうがいいのではないか。大統領が職務停止となり、政権交代を窺う勢いの野党がさらに反日的な姿勢を見せる中、いまの韓国に戻ったところで、まともな外交成果は期待できない。日本政府が本気で怒っている姿勢を示し続けることだ。安倍首相は国内政局で民進党相手に存分に示している「ケンカ上手」ぶりをここでも発揮し、少なくとも、アメリカの新政権の日韓問題への反応が見えてくるまでは、もっと付け入ったほうがいい。
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民進党代表選で勝ったものの、党内に禍根を残した蓮舫氏。都知事選で見事な世論マーケティングを駆使した小池氏。「初の女性首相候補」と言われた2人の政治家のケーススタディを起点に、ネット世論がリアルの社会に与えた影響を論じ、ネット選挙とネットメディアの現場視点から、政治と世論、メディアを取り巻く現場と課題について書きおろした。アゴラで好評だった都知事選の歴史を振り返った連載の加筆、増補版も収録した。
アゴラ読者の皆さまが昨今の「政治とメディア」を振り返る参考書になれば幸いです。
2017年1月吉日 新田哲史 拝