社会の分裂の“元凶”はどこに?

米国ウォール街の反政府デモ「我々は99%」はまだ記憶に新しいが、昨年11月の米大統領選でみられたように、米社会は貧富の差、所得の格差、エスタブリュシュメントと大衆の相克といったさまざまな分裂が表面化している。トランプ次期米大統領に対しては、大統領選で先鋭化したこの社会の分裂を阻止し、米社会の統合を回復できるかが課題、といった解説記事が見られるほどだ。

長谷川170114

▲自宅の氷柱(つらら)(2017年1月8日、撮影)

ところで、社会の分裂は米社会だけではない。程度の差こそあれ、欧米社会は様々な分裂に直面している。ただし、本当の分裂はひょっとしたら別のところにあるのではないか。大げさな表現となるが、日進月歩の科学世界と、停滞する政治・経済・宗教間の格差の拡大だ。そして自身の懐の格差には敏感な現代人も案外それに気がついていないのではないだろうか。

科学世界の進歩は目を見張るものがある。このコラム欄でも紹介したが、火星から地球の写真を撮影して送信できるだけではなく、火星、木星はいよいよ人類のホットターゲットとなってきた。様々な細胞に変えられる人のES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)からミニ腸の作製に成功したというニュースが報じられたばかりだ。再生医学は文字通り、21世紀の最も成長が期待される分野だろう。網膜剥離を経験した当方は、iPSを利用して網膜の再生に成功したというニュースを読んだ時、これまた大げさな表現だが、人類の未来に大きな希望を感じたほどだ。

科学世界の進歩といえば、人工知能(AI)の開発もすごい。いずれにしても科学分野の進歩は人類の希望だ。環境汚染、化学物質の残留処理問題など難問もあるが、人類が知恵を出していけば解決できるはずだ。

一方、政治・経済・宗教をみれば、汚職と腐敗が絶えない。ポピュリズムが横行し、一般庶民は既得者層の道具となり、右往左往する。民主主義といっても利益誘導社会であり、ワイルド資本主義社会は「所得の格差」「貧富の格差」を生み出してきた。

人間の精神面をサポートするはずの宗教界は霊性を失い、魂の救済といった本来の役割を果たしていない。欧米社会では世俗化を受け、宗教嫌いが急速に広がってきた。イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)を指摘するまでもなく、宗教はイスラム過激派のテロの道具となっている、といった具合だ。

科学の世界をみれば、希望を感じる一方、政治・経済・宗教界の現状を振り返ると、人類の未来に悲観的になってしまう。両者の発展の格差は日増しに広まってきた。両者の格差は「貧富の格差」以上に深刻だといわざるを得ない。

特に、宗教の低落ぶりは目を覆うばかりだ。宗教界の堕落が「政教分離」を促進した面は歪めないが、「政教分離」という社会・政治体制の影響は大きい。政治・経済と宗教は本来、分離できないが、近代に入って、恣意的に分離されてきた。近代人もそれが発展だと考えてきた。

次期大統領のトランプ氏に米国民は何を期待しているのだろうか。第一は経済発展であり、雇用の拡大だろう。しかし、トランプ氏に国民の模範となってほしいと願っている米国民は少ないだろう。米国は前者が達成できれば、トランプ氏は大統領として合格とみているのではないか。米国では本来、大統領は国民の代表であり、精神的支柱だったが、現代の米国民はもはやトランプ氏にその役割を期待していない。米社会にはニヒリズムが既に根付いているのを感じる。

人類の歴史は、科学世界の急速な発展、物質的な環境改善をもたらす一方、精神世界では旧約時代の人間と余り変わらない、といったアンバランスな状況が続いてきた。これが社会の諸々の分裂の元凶ではないだろうか。個人レベルでいえば、心と体の不調和な発展だ。

ところで、宗教改革者マルティン・ルター(1483~1546年)が当時のローマ・カトリック教会の腐敗を糾弾し、「イエスのみ言葉だけに従う」といった信仰義認を提示し、贖宥行為の濫用を批判した「95箇条の論題」を発表して今年10月で500年目を迎える。同時に、ポルトガルのファテイマで1917年5月13日、3人の羊飼いに聖母マリアが再臨し、3つの予言を託した通称「ファテイマの予言」から今年5月で100年目を迎える。2017年はその意味で再度、精神的刷新に乗り出さなければならない時ともいえる。

その第一歩は、われわれが対峙している社会の分裂は、「貧富の格差」ではなく、物質と精神の両世界の分裂にあるという現実認識を共有することだろう。同時に、宗教界の霊的覚醒が願われる。今日的に表現すれば、21世紀のルターの再現、未来社会の建設ビジョンを提示する予言的インスピレーションが願われるわけだ。

以上、遅くなったが、当方の“初夢”談だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。