『おんな城主 直虎』と狂言と鼓と国衆と

若井 朝彦

今年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』がはじまった。

この大河の主役は井伊直虎。実在していたことは確かだろうが、史的資料のほとんどないこの直虎をどう描くかは、製作陣もとってもむずかしいところだったにちがいない。普通だったら、大河の主人公に据えるのには躊躇したはずだ。それに加えて、昨年の『真田丸』とストーリーのかなりがかぶる。

だが1月15日の第2回の放送までを見たところ、その不安はなくなったといってよい。ドラマとして面白いのである。このドラマが、史実とどのくらい乖離しているのか、決定的なことは誰にもわからないだろうが、浜名湖の奥、井伊谷(イイノヤ)の一族は、いったいこれからどうなっていくのであろうか。そんなワクワクを脚本と俳優がしっかと支えている。

俳優、脚本ともスターシステムではなく、アンサンブルのドラマである。脚本家は複数の演出担当とも、もちろん突っ込んだ摺合せをしたと思われるが、芝居のさせ方が、役によっても、また場面によってもさまざまなのである。これも工夫の一つなのだろう。

たとえば前田吟。この人が出てくるところは、いささか石井ふく子+橋田壽賀子風の味付けが顔を出す。平たく言うとNHK大河が、瞬間TBS東芝日曜劇場化するのであるが、同じ前田吟でかつ同じNHKでも、『マッサン』(2014-2015)の出演では(相手役が泉ピン子であってさえ)そこまでの演技はしていなかったから、これも演出側の意向なのだろう。井伊一族の、複雑な大人の事情をそうやって見せている。

ところが子役三人が表に出ると、一転して芝居が様式化する。様式化するといっても平板な芝居になるのではない。その逆である。第2回「崖っぷちの姫」よりセリフだけを拾うとこんな具合だ。

(井伊直盛)おとわ!

(とわ)父上!

(今川家臣)おとわ? おとわとは何者じゃ?

(井伊直盛)我がひとり娘にござる。

(井伊家臣)まことにござる。こちらは井伊の姫にて・・・

(今川家臣)ほ! では井伊の姫がなにゆえ、朝はやくあのようなところにおられたのじゃ?

(とわ)それは・・・・・・! 竜宮小僧を探しておったのです!

(今川家臣)竜宮小僧?

(とわ)井伊の里に住む、伝説の小僧です。ここのところ、ずぅっと探しておったのですが、全く出会えず、ひょっとして、朝はやくならとくり出した次第でございまする。嘘だとお思いなら、里の者に訊いてみて下され。

この場面で(後の直虎である)おとわが大人に物申す時、ふと腰を落としつつ語るといったしぐさは、ほとんど狂言に通じている。こういった所作は物語の展開に風格をもたらすし、また狂言にあるような空言がかすかなおかしみをも添えていて、筋にも奥行きをあたえる。いずれは女大将になるだけの芝居をすでに子役にさせているわけだ。

こういう読み方をしはじめると、春風亭昇太演ずる白塗りの今川義元の無言は、能の能面であるようにも見え、持道具として扱われる笛や鼓もまた能狂言の中世の隠喩であるのかもしれない。

深読みかもしれないが、脚本と演出には、江戸ではなく、安土桃山でもなく、武家中世の成分が満ちている。

戦国末期に至る前段として、国衆が時に大きい勢力に蹂躙されながらどう生き抜いていったのかというテーマは、すでに『軍師 官兵衛』(2014)の小寺家(黒田家)にも、また『真田丸』(2016)の真田家の複雑さにも現れてはいた。しかしそうはいっても、両者とも最終的には天下人に合流してゆくという筋立てである。だが今年の『直虎』では、(直虎存命中を描く限りは)おそらく近年の中世武家の研究も採り入れて、半独立の農村共同体である国衆の臨機の決断といったものに、次々と焦点を当ててゆくことになるのではなかろうか。

たしかに扱う対象が小さいと、「大河」という看板にそぐわないものになるかもしれないが、国衆をテーマにした大河というものはたしかに現代と合っているといえる。たとえば、ある大名の突発的な行動によって困難に陥った藩の一部が、その後も強固に団結して超法規的な行為に及ぶといった事件(赤穂浪士のことです)などは、一義的な団結力のすばらしさを描くとしても、また政府への反抗といった面を強調するとしても、現在ではもはや大きな注目を集めることはむずかしい。

ドラマとしての『直虎』が、これからどのように展開するかは判らない。脚本家を含めて、評判を確かめながら柔軟に対応することになるのだろう。しかしこの『直虎』のように、国衆が勝敗の中で浮沈し、国衆の内部でもユニットを組み替えながら、多くの場合は妥協し、若い人材を育てつつ時流を掴もうする物語の方が、以前のグランドスタイルの大河より、現在の若い世代の支持を得るのではあるまいか。

毎年のことながら、ドラマの出来を計る指標として、視聴率についても話題になるはずである。だがそれとともに、このドラマがどう受容されるのかということから、逆に現代が見えてくるかもしれない。

2017/01/17 若井 朝彦
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