日本人がオリンピックで勝てない理由 ― 正規分布を考える③

馬場 正博

写真ACより(編集部)

日本人のオリンピック熱は世界的に見てもかなりの方だと思いますが、日本選手のメダル獲得数はなかなか期待通りにいきません。オリンピックには沢山の競技があり、なかには競技人口の非常に少ないもありますが、多くの人気競技は沢山の競技者の中で特別な能力を持った人だけがメダルを獲得することができます。メダルどころかオリンピックに出場するのも各国での競争を勝ち抜かなくてはならず、普通の能力の人が一生懸命努力したくらいでは参加も覚束つきません。

しかし、日本のように一億人以上の人口と経済力、そしてオリンピックへの熱意のある国が大量にメダルを獲得できないのはなぜなのでしょうか。認めなければならないのは体格の差です。スポーツ競技の多くは体の大きな方が有利です。「他の条件はすべて同じなら」という前提では体格の差はかなり決定的です。陸上競技、水泳のように道具の優劣やチームプレーの作戦戦略の影響が少ないものは体格の差は成績に特に大きく関係します。この他バスケットボールやバレーボールのような球技では身長が2メートルの選手を揃えなければ、国際大会で好成績は望めません。

体格が小さいことが不利に働かないのは、体重別の制限がある種目を除けば、ジャンプのように自分の体重を筋力で操る必要のある競技です。これは体重は身長の3乗に比例して増加するのに、筋力は筋肉の断面積つまり2乗でしか増加しないからです。フィギャースケートで日本や韓国の選手が活躍したり、アメリカでアジア系の選手が代表に選らばれるのは、体格が小さいことがむしろ有利になるからだと考えられます。体操競技も同様です。

2008年に行われた北京オリンピックで日本は25個のメダルを獲得しましたが、人口1千6百万人のオランダは16個、人口5百万人のノルウェーは10個を獲得しています。日本が5百万人に1個のメダルを獲得したのに対し、オランダは百万人、ノルウェーは50万人に1個を獲得していることになります。オランダもノルウェーも国民の身長が高いことで有名です。単純な比較は難しいですが、体格の差がメダルの数に関係しているのは確実です。

日本男子の平均身長171㎝に対しオランダやノルウェーでは181㎝程度と10㎝も高いのですが、日本は人口もノルウェーの20倍以上あります。日本男子がすべて成人だと仮定して身長の標準偏差を6.5とすると(身長の標準偏差は6-7程度と言われています。この値は国ごとに違うでしょうが、一応中間を取って6.5とします)181cm以上の身長のある男性は全体の6%程度の約400万人となります。これに対し、オランダもノルウェーも男性の半分は181cm以上の身長があるのですが、人口も小さいので、身長181cm以上の男性はオランダで400万人、ノルウェーでは120万人程度です。人口の多い日本は不利ではないように思えます。

ところが、正規分布のはずれの190㎝以上の人口になると違ってきます。日本では成人男子の0.2%しか190㎝を超える人はいません(これは身長が正規分布に完全にしたがっており、標準偏差が6.5という仮定の下での話です。平均から極端にはずれると、この仮定は必ずしも正確ではなくなってきます)。これに対し、オランダとノルウェーでは8.3%の成人男子が190cm以上と考えられます。人口換算では、日本では13万人しかいない190cm以上の男性が、オランダでは67万人、ノルウェーでも21万人いることになります。

オリンピック出場者ましてメダルを獲得するような選手は素質も努力も人並みはずれた人が大部分でしょう。同じような素質、同じような努力でも身長が違えば結果も違ってきます。極限まで能力を絞りだそうとすればするほど身長の差は重要になってきます。190cm程度の身長が「度外れている」国と「すこし大柄」程度の国では、トップレベルの選手層の厚さが違ってくるのは当然です。人口がさらに日本の10倍もある中国なら平均身長の差を人口で乗り越えることができるかもしれませんが、日本には難しいようです。