「アパホテルに無料で積んである読売新聞」との新華社報道

加藤 隆則

アパホテルの客室に置かれた「南京事件」否定の歴史本については、1週間ほど前の1月15日、中国の記者からネットで注目されていると知らされた。その後、各方面から感想を求められ、大騒ぎになるとは思ったが、外交部の会見にまで飛び出したのは意外だった。毛沢東時代と同様、強い習近平政権のもとで反日デモは起きない、と私は繰り返し強調してきた。押さえつけられていた感情が、一気に噴き出したのだろう。

新華社通信も18日、後追いのルポを配信し、書籍の写真まで掲載した。

記事内容は中国のネット世論に便乗しただけの浅薄なものだったが、「ロビーには『読売新聞』と読売新聞が発行する英字紙『The Japan News』が高く積まれ、宿泊客に無料で提供されている」と写真付きで説明があった。


なぜ、新華社の記者がわざわざ読売新聞に注目したか。それは、そのあとに説明がある。

「『読売新聞』は日本最大の保守派メディアで、安倍政権にすり寄り、自民党の機関紙だとまで称されている。これほど多くの『読売新聞』を宿泊客に無料で提供しているのは、ホテル経営者の価値指向を表し、また確かに商売が繁盛していることを物語る」

先入見を持って書かれるステレオタイプ報道の典型だ。読売新聞への評価には同感だが、その色眼鏡が大事な点を見逃す結果を招いた。この記事はもっと別の書き方にならなくてはならない。読売新聞は堂々と「南京虐殺」を歴史的事実として認めているからである(「大」をつけるかどうかは、この件について本質的な議論ではないので触れない)。

読売新聞は戦後60年を迎えた2005年、渡邉恒雄会長・主筆の提唱で「戦争責任検証委員会」を設置し、1年をかけて、1928年から45年までの戦争の経緯や責任の所在を問う「検証 戦争責任」を連載した。その後、中央公論新社から上下2分冊の単行本・文庫本として出版し、英語版・中国語版も刊行された。私は大学の授業でも、日本メディアの戦争反省に関し、中国で発行された同書(新華出版社)を持参し、朝日新聞連載の『新聞と戦争』と並べて紹介した経緯がある。

全文は読売新聞のサイトでも公開している。

「歴史問題に関する議論が深まり、実りあるものとなることを期待する」と公開の意図が明言されている。では、問題の南京事件についてはどう記載されているか。

「南京攻略までの戦闘や敗残兵で混乱する掃討戦の過程で、捕虜の殺害や民間人への略奪、暴行が多発した。この『南京虐殺』と言われる事件の犠牲者については、20万人以上や十数万人といったさまざまな説が主張されてきたが、歴史家の秦郁彦氏は、実証的に検証した結果、4万人前後と推測している」

「南京虐殺」を認めるこの検証結果は、それ以後の社説に受け継がれており、読売新聞の見解と言ってよい。

参考までに触れると・・・
事件の犠牲者数については、中国政府が主張する「30万人」説や、東京裁判の「20万人以上」説があるが、日中両政府の合意による日中歴史共同研究委員会は2010年に発表した報告書で、日本側は「20万人を上限として、4万人、2万人などの様々な推計がなされている」と指摘している。日本政府は「多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないが、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難」(外務省ホームページ)とした上で、反省と謝罪を表明している。

一方、問題となったアパグループ代表、元谷外志雄氏の『本当の日本の歴史 理論近現代史学』にはこう書かれている。

「上海事変で勝利した日本軍は、敗走する国民党政府軍を追撃し、国民党政府の首都であった南京を攻略し、同年十二月十三日に南京占領。このとき敗残兵が住民に対して略奪、虐殺を行なった。それらの敗残兵が民間人の衣服を奪って便衣兵(ゲリラ)となったことから、日本軍は便衣兵の掃討作戦を行った。便衣兵(ゲリラ)の殺害は国際法上認められているものであり、一般住民を虐殺したのはこの敗残兵達(督戦隊が撃ち殺したのは、逃亡中国兵であった。)であった」(アパグループ・サイト「客室設置の書籍について」

日本軍による『南京虐殺』の完全否定である。新華社記事が伝える、読売新聞と「ホテル経営者の価値指向」とは、問題の核心である南京事件に関する限り、全く一致していない。この事実を知っていれば、記事は平板なネットの後追い記事にはならなかった。アパホテルに、「言論の自由を主張するのであれば、無料配布している読売新聞が報じた『戦争責任』も部屋に置いたらどうか」と提言するぐらいはできはたずである。皮肉にも『検証 戦争責任』の中国語版を発行した新華出版社は、新華社通信グループに属するのだ。記者の勉強不足は世界共通である。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。