露ヤマルプロジェクト:砕氷LNG船が試験航海に

記事の中に知己の名前を見つけ、すぐに、人懐こい、堂々とした口ひげをした仏トタール社の前社長の顔を思い出していた。2014年10月、雪のモスクワ空港で事故死したクリストフ・デマルジェリの名を冠した最初の砕氷LNG船が近々試験航海を行うというのだ。

東京時間1月22日20:30ごろに掲載されたFTの記事は “LNG project boosted by trial icebreaker ship” という見出しになっている。サブタイトルは “Tanker will move gas from Russia to Asia through the Arctic, using northern sea route” だ。

現時点では、商船三井が中国荷主のための砕氷LNGタンカーを韓国で建造しているだけの関係だが、先般の安倍・プーチン会談に基づき、日本勢のプロジェクトそのものへの参加あるいはファイナンス供与などが、米国主導の経済制裁の行方次第では浮上してくる可能性のあるプロジェクトだ。

記事の要点を次のとおり紹介しておこう。

・プーチン大統領に支持されている270億ドルのLNGプロジェクト完成への重要なステップとして、北極海の厚い氷を打ち砕いてロシア産LNGをアジアに輸送するLNG船の試験航海が始まろうとしている。

・このプロジェクトは、パイプライン経由での欧州向け販売への依存を下げ、砕氷LNG船によるシベリアから太平洋地域への輸出ルートを切り開く、最初のものである。

・2014年、モスクワ空港で不慮の事故により逝去したトタールの前社長の名をとってクリストフ・デマルジェリと名付けられたこの船は、韓国の大宇により建造され、処女航海ののち金曜日に(ベルギーの)ジーブルージュ港にドックインした。

・この船はこれから、ロシアのノバテク(50.1%)が、トタールおよび中国のCNPC(各20%)と取り組んでいる、北極海最大のLNGプロジェクトの地、氷に覆われたヤマル半島に向かうことになっている。

・ロシアの船会社Sovcomflotが所有し運航するこの3億ドルのLNG船は、厚さ1.5メートルまでの氷を砕き、摂氏マイナス50度まで耐えられるように設計された、球状というより平らなタンカーである。

・トタールの欧州・中央アジア上流部門のトップ、マイク・ボレルは「この砕氷能力なしではヤマルのLNGプロジェクトは成り立たない」という。「これがあるので1年365日、LNGを輸送することができる」

・このプロジェクトは、気候変動により北極海の氷冠が薄くなったことにより商業的に可能になった、とういうことで注目されている。

・夏場は、ロシアの北極海沿岸ヤマルから北航路を通って、中国あるいは日本に14~16日で輸送する。氷が厚くなる冬場は、より近いベルギーのジーブルージュに運び、そこで在来型のLNG船に積み替え、スエズ運河経由、25日ほどで東アジアに輸送する。

・ヤマルは、2021年までには、中国の需要の8割以上に相当する1,650万トン/年の最大生産能力となり、成長する世界のLNG市場においてロシアのシェアを倍増させる(現在はサハリンⅡのみ)。建設は4分の3まで完成しており、年末には第一期の生産開始を予定している。

・生産予定量の95%以上はすでに15~20年間の長期契約で主にアジア及び欧州向けに販売されている。

・このプロジェクトは、2014年にロシアがクリミアを併合したことにより、米国が経済制裁を課したため、プーチンの盟友であるジェナディ・ティメチェンコが共同所有者であるノバテクも制裁対象とされ、実現が疑問視された。米ドルによる建設資金のファイナンスが不可能になったのだが、昨年4月、中国の銀行が120億ドル相当の融資を行った(弊ブログ2016年4月30日付『露ヤマルLNGプロジェクト:漸く資金手当て完了』参照)。

・中国は、CNPCと習近平のシルクロード基金(中国と欧州を結ぶ廻路を通じ経済発展を目指している。9.9%保有)が権益を保有している。

・大宇は15隻の砕氷LNGを建造している。

・北極海周辺の環境問題への懸念を表するものも多いが、トタールは、パートナーたちは揃って、北極海を守る、発電事業においてより炭素排出ガスの多い石炭に代替することにより気候変動に立ち向かうのだ、と主張している。

・ヤマル・プロジェクトは、北極海の航行を増やし、資源開発を進め、アジアとの通商関係を強化し、ロシア極北の混迷する経済を立て直しを目指すプーチン政権の広範な努力の中心をなすものなのである。

はてさてトランプ大統領になって、対ロシア政策がどう変化していくのだろうか。
米国主導のロシア制裁はハッキングだけが理由ではなく、クリミア併合という「力による領土変更」を認めるか否か、という根本理念の問題が絡んでいる。中国が「人工島」を建設している南シナ海も同じ問題だ。

「やっぱり」のトランプ大統領の周りには「IQの高い」閣僚たちが揃っているのだから、「そんなことはアメリカの利益に関係ないもんね」と言わないことを願うのみだ。「偉大」なアメリカとは、世界中の人たちがうなづく理念に支えられているのではないのだろうか。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年1月23日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。