有馬純 東京大学公共政策大学院教授
いよいよ、米国でトランプ政権が誕生する。本稿がアップされる頃には、トランプ次期大統領が就任演説を終えているはずだ。オバマケア、貿易、移民、ロシア等、彼に関する記事が出ない日はないほどだ。トランプ大統領の下で大きな変更が予想される施策分野の一つはエネルギー・温暖化対策だ。これについては、大統領選直後にGPERに論考を出したところである。
トランプ氏は、過去、ツイッター等で「気候変動問題は中国が米国の競争力をそぐためにつくりあげたでっち上げ(hoax)だ」と公言してきた。大統領選当選後、環境保護庁(EPA)の移行チームヘッドに気候変動懐疑派のマイロン・エーベル氏が任命されたこともあり、当選直後、トランプ政権が温暖化対策について後ろ向きな対応をとるとの観測が支配的であった。
ところが、11月末にトランプ氏がニューヨークタイムズのインタビューを受けた際、パリ協定からの離脱については「オープンマインドで検討している」、気候変動についても「何らかの関係はあると思う。問題は(温暖化対策で)企業にどれだけコストがかかるかだ」等、選挙期間中に比べれば「穏当な」受け答えをした。また12月初めには「不都合な真実」で知られるアル・ゴア副大統領がトランプタワーを訪問し、トランプ氏及び長女のイヴァンカ氏と気候変動問題について意見交換を行ったとの報道が流れた。このため、環境関係者の間では、「トランプ政権は選挙中の過激な発言とは裏腹に、温暖化対策についてもそれなりに取り組むのではないか」との期待感が高まった。
しかし、12月に入り、トランプ氏が主要閣僚人事を発表し始めると、こうした環境派の期待感は空しいものに終わりそうだ。例えば環境保護庁長官に指名されたのはスコット・プルイット・オクラホマ州司法長官である。発電部門での低炭素化を目的にオバマ大統領が導入したクリーン・パワー・プランに対しては、28の州から訴訟が提起されているが、プルイット氏は「地球温暖化の程度と人間活動との関連性についての科学的コンセンサスはない」と広言し、オクラホマ州による訴訟を取り仕切った人物である。またエネルギー長官に指名されたリック・ペリー前テキサス州知事は、「気候変動は人間がもたらしたものであるが故に、温暖化防止のために米国経済を傷つけても良いという議論に自分は与しない。そのために気候懐疑派と呼ばれることを恐れない」と発言しており、これまた温暖化アジェンダには冷淡であると考えられる。皮肉なことにトランプ氏が指名した主要閣僚の中で最も「グリーン」に見えるのは、国務長官に指名されたレックス・ティラーソン・エクソン・モービルCEOである。欧州系の石油・ガス企業のシェルやBPに比して、米系のエクソン・モービルやシェブロンは環境関係者の間では評判が芳しくない。エクソン・モービルは1990年代にかけて温暖化を否定する論陣を張ったロビー団体GCC(Global Climate Coalition)の創設メンバーであった。しかし2006年にCEOに就任したレックス・ティラーソン氏の下で軌道修正が図られ、最近ではエクソン・モービルは温暖化問題の重要性を認識し、パリ協定も支持する旨の声明を出している。このため、「化石燃料企業のヘッドとはいえ、温暖化問題の所在そのものを疑問視するプルイット氏やペリー氏よりは余程まし」というわけである。
確かにティラーソン氏が国務長官に就任することで、米国がパリ協定はおろか、その親条約である気候変動枠組み条約からも離脱するという可能性が低下したとの見方もできるかもしれない。そもそも気候変動枠組条約はブッシュ(シニア)政権の時代に批准されたものである。ブッシュ(ジュニア)政権は京都議定書からは離脱したが、温暖化問題そのものは否定せず、気候変動枠組条約にも留まり続けた。
しかし、米国の国内対策を主導するのは国務省ではなく、エネルギー省であり、環境保護庁である。両省のトップの顔ぶれを見る限り、クリーン・パワー・プランを含め、オバマ大統領が導入した国内対策の見直し・撤回が進むことは不可避と思われる。環境関係者の間では、カリフォルニア州をはじめ、温暖化防止に熱心な州政府への期待感が強い。確かにトランプ政権の下でクリーン・パワー・プランが形骸化、無力化したとしても、州政府が発電部門の排出削減に取り組むことを排除することはできない。しかし発電部門が米国の全排出量に占めるシェアも3分の1以下であり、温暖化に前向きなカリフォルニア州、ニューヨーク州の排出量は全米の10%未満に過ぎない(エネルギー多消費産業が立地していないのだから当然であろう)。州レベルの対策は重要であるとしても、連邦政府が後ろ向きになった場合のインパクトを中立化することは難しいということだ。
トランプ政権の下で温暖化対策がどの程度影響を受けるのかは、閣僚の議会承認プロセス、今後、発表される予算案などを見れば、更に明らかになってこよう。世界の温暖化に向けた取り組みにも影響を与えるだけに、当面、目が離せない。