トランプ氏の円安誘導批判は日本の弱点

中村 仁

「米国民を保護するほど高度な義務はない」とFacebookで宣言するトランプ氏(公式FBより:編集部)

異次元緩和の修正の契機に

トランプ米大統領が中国、日本、ドイツの通貨安批判を展開しました。このうち日本の円安はアベノミクスの主軸である異次元金融緩和政策が生み出したものです。最大の狙いであった消費者物価引き上げには効果がなく、脇役であった円安と株高が景気政策として主役になっているといえます。日本は金融政策の軌道修正に迫られ、出口を模索するでしょう。大量の資金供給で株価が支えられてきましたから、下手をすると経済波乱を招きかねません。

官房長官は直ちにトランプ氏の発言に対し、「全く当たらない。金融緩和は国内の物価安定目標(消費者物価引き上げ)ためで、円安誘導を目的としたものでない」と、必死に逆襲しました。異次元金融緩和はデフレ脱却のために始めたという日銀、政府の説明は当初はその通りでした。その結果、円安が進み始めた時も、米政府は「デフレ脱却政策の副次的な動き」という受け止め方だったので、日本側も楽観していました。

中国は為替市場に直接介入して、元安政策をとってきました。ドイツは単一通貨のユーロのお陰で、以前の通貨マルクでみると為替が大幅に安くなっており、これはEU統合の結果です。それぞれ通貨安の原因は全く違います。この3国を同列に論じるのは無茶であるにせよ、乱暴なトランプ氏は相手国の通貨安が米国の貿易赤字の要因なっていると、攻めるのです。

日本側の反論に迫力はない

日本側の公式見解は「円売り介入(円安誘導)していない」、「為替相場は市場の自由取引で決まっている」、「トランプ氏は誤解している」です。大きな弱点があります。異次元金融緩和による大量の資金供給、ゼロ金利が円安を生み出しているのは否定できない経済現象です。

政府、日銀が約束した「2年で消費者物価2%引き上げ」が目標通りに達成され、金融緩和政策の終了、為替相場の正常化に向かっていたら、トランプ氏は円安批判を持ち出せなかったかもしれません。緊急事態に対する短期間の特別措置であったのなら、ともかく、「2%」実現は先延ばしの連続です。さらに「金融政策ではデフレ脱却は無理」が今では常識になっているのに、黒田総裁は「目標達成まで続ける」と譲りません。

そうなると、異次元緩和の本当の狙いが、円安、株高による景気回復にシフトしていると、見られてもおかしくありません。安倍内閣発足時の2012年度末、円相場は1ドル=94円、日経平均は1万2400円が、最近はそれぞれ110円台、1万9000円台です。しかも、円安を政府、日銀、大手企業は大歓迎し、景気好転に貢献していると、歓迎発言をしてきました。円高修正というより、円安誘導というレベルが続いていますね。

アベノミクスの練り直しを

国際金融界(G7)では、「急激な為替変動には介入で対処することを認める」という合意があります。日本の場合、どうでしょうか。「デフレ脱却に効き目がない異次元緩和をずるずると長期化しようとしている」、「狙いは円安誘導ないし維持にあるのではないか」と、疑われても仕方がありません。

しかも、リーマン金融危機への対応で、超金融緩和を続けてきた米国は、金利引き上げへの転換を始めました。日本がこのままゼロ金利政策を続けると、内外金利差が拡大し、ドル高・円安傾向が長期化する可能性がでてきます。日本はいまだに「出口に言及するのは時期尚早」(黒田総裁)ですから、米国がいらだつのは当然でしょう。

政府、日銀は異次元緩和という看板を掲げながら、やっていることは人為的な円安、株高政策の段階から転換すべき時です。出口に向かい、誤った金融政策を修正する契機にすべきです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年2月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。