米国が誤解する「思いやり予算」は禁句に

中村 仁

尖閣諸島の安保適用についてマティス国防長官から「満額」回答を引き出せた安倍首相だが・・・(首相官邸サイトより:編集部)

トランプ氏が気づく前に修正を

来日したマティス米国防長官が安倍首相、稲田防衛相と会談し、尖閣諸島に対する米国の防衛義務(安保条約)の適用を明言し、日本側をほっとさせました。トランプ大統領が強調していた米軍の駐留経費の負担増については、「日本は他国の手本」と述べ、拍子抜けです。ただし、トランプ氏が気が付く前に、禁句にすべき言葉があります。「思いやり予算」です。

駐留経費の一部を「思いやり予算」と表現するのは、誤解を招くだけです。「思いやり予算」の中身も「思いやり」と、ほとんど関係がありません。にもかかわらず、政府もメディアも慣例ないし前例踏襲で40年も使い続けてきました。ちょうどいい機会です。こんな言葉を使うのは止めにしましょう。

1978年に当時の金丸防衛庁長官が、「円高や物価高で、米国も駐留経費を維持するのが大変らしい。日本側で負担できるものあったら、思いやりの気持ちもって応じよう」と言いだしました。安全保障政策にかかわる予算を「思いやり」と呼ぶ神経はいかにもおかしいのです。メディアも防衛庁や大蔵省がそう説明するので、分かったようわからないような言葉を惰性で延々と使ってきました。

朝日も読売も使い続けている

朝日新聞は「岸田外相とケネディ大使が駐留軍経費の日本側負担(思いやり予算)の協定案に署名した」(16年1月)と書きました。読売はつい最近、「思いやり予算を含む在日米軍駐留経費」(17年2月)という表現です。協定案と呼ぶのは、5年分ごとに一括して予算案を計上する取り決めになっているためです。

予算の中身は基地で働く日本人職員の給与、基地内の光熱費、水道費、施設建設費などです。米軍人の住宅、ゴルフ場経費まで含まれ、トランプ氏が知ったら「日本はそこまでやってくれているのか。知らなかったなあ」と、シャッポを脱ぐでしょう。増額どころか、軍事費と関係がなく、削除すべき予算もあるくらいです。妙な呼び方をしてきました。

在日米軍関係経費は16年度、7610億円で、同盟国の中では最多です。その一部分が「思いやり予算」にあたり、1910億円です。基地予算全額が「思いやり予算」のように聞こえるこの言葉はよくありません。米国防総省による04年発表のデータでは、駐留経費総額の75%に当たる5400億円を日本側が負担しています。同盟国では、負担率は最高です。

今も生きるアバウトな金丸流

「思いやり予算」はアバウトな金丸流の造語ですから、英語の適訳はありません。米国は「host nation support」の表記を使っているようで、逆に日本語訳は「駐留軍受け入れ支援」、「接受国支援」です。なにも「思いやり」などと、呼ぶ必要はありません。つまり、「思いやり予算」は日本国内だけに通用する、日本国内だけで使っている言葉です。禁句、使用禁止にしたところで問題はないはずです。

米軍経費の大幅増をちらつかせてきたトランプ氏が当選したので、昨年末に編成した17年度予算を最後に、この言葉は消えるだろうと、私は思っていました。日本人も「駐留米軍の費用は日本の思いやりで負担しているのだ」と、誤解しかねません。これこそ首相が好む「指示」で、簡単に直せます。まだ、予算案は国会で成立していませんしね。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年2月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。