【映画評】愚行録

渡 まち子

エリート会社員の夫・田向浩樹とその美しい妻・友季恵、幼い娘の一家が何者かによって惨殺される事件が発生し、世間を騒がせる。未解決のまま1年が過ぎ、事件が風化していく中、週刊誌記者の田中武志は、改めて事件の真相に迫ろうと、関係者に取材を始める。そこから浮かび上がってきたのは、理想の家族に見えた田向夫婦の、外見からかけ離れた実像、そして証言者たちの思いもよらない姿だった。一方、田中自身も、妹の光子が育児放棄の容疑で逮捕されるという問題を抱えていた…。

未解決の一家惨殺事件の真相を、一人の記者が関係者の証言からあぶり出すミステリー「愚行録」。原作は貫井徳郎の同名ミステリーだ。理想的に思えた夫婦の真実の姿を浮き彫りにしていく仮定から見えてくるのは、人間が行う数々の愚かしい行為である。冒頭に、関係者に取材を行う記者の田中が、バスの中で席を譲る短いエピソードがあるが、このシークエンスから、語り部、あるいは傍観者役に見える彼の心にも、歪んだ闇があることが見て取れる。物語には、嫉妬、見栄といった感情的な悪意から、恋愛や就職で他人を利用し、弄ぶ悪行もある。過去の証言で中心になるのは、名門大学内での階級格差とでも呼べる陰湿な差別構造だ。田中が一人一人を訪ね歩きながら田向夫婦の裏の顔が明らかになる一方で、育児放棄の容疑で逮捕されている妹・光子の告白が同時進行し、やがて予想もしない形でそれらが結びついていく語り口は、見事なまでに衝撃的だ。劇中には、いくつかの驚きの仕掛けがあって、そのことが“愚行”という言葉を決定づけている。物語と呼応するかのように、映画全体の色彩が暗いトーンで統一されているのが印象に残る。

本作が初長編となる石川慶監督は、ポーランド国立映画大学で演出を学んだのだそうだ。どうりで、初期のロマン・ポランスキーや、イエジー・スコリモフスキ作品と、映像全体の沈んだ色調が共通している。容赦ない現実を突きつける不穏でドライな作風もしかり。この監督、次回作が気になる人だ。
【65点】
(原題「愚行録」)
(日本/石川慶監督/妻夫木聡、満島ひかり、小出恵介、他)
(陰鬱度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年2月18日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページより)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。