昨晩、東洋経済主催のメディアセミナーを覗きに行ってきた。共同通信が電通グループと絡んで事実上の“ステマ”記事を配信していたとする衝撃のスクープ記事を放った調査報道メディア「ワセダクロニクル」の渡辺周編集長(元朝日新聞記者)をゲストに招き、ここまでの取り組みや反響について語ったのを聞いてきた。
メディア業界の話題を席巻しているワセダクロニクルとご本人の意気込み、朝日を辞めた経緯などについては、すでに東洋経済オンラインの山田俊浩編集長とJapan In-depthの安倍宏之編集長(元フジテレビ)が直撃しており、さらには、先日、早稲田界隈の演劇小屋でもイベントが開かれ、その様子を、亀松太郎・前弁護士ドットコム編集長がヤフー個人でも書いている。私よりも経験豊かな大先輩のジャーナリストが三者三様に突っ込んでいる記事は、すでに読まれた方も多いだろう。未読の方は、御三方のうち1本の記事だけでも読んでいただければ、ここまでの状況は十分ご理解いただけるはずだ。
激震!「ワセダクロニクル」スクープの舞台裏 渡辺周編集長が語る「調査報道への覚悟」 | メディア業界 – 東洋経済オンライン
調査報道メディア「ワセダクロニクル」編集長に聞く(上) Japan In-depth
記者2千人の朝日新聞が「調査報道」できないのはなぜか? 朝日出身「ワセダクロニクル」編集長が語る理由(亀松太郎) – Y!ニュース
肝心の調査報道より、お金周りに質問が目立ち気味
それでもセミナーに参加するのは、直接質問をぶつけ、名刺交換して挨拶する機会があるからだが、印象的だったのは、質疑応答で、売り物の調査報道のことより、マネタイズに関しての質問が目立った。まあ、そのきっかけを作ったのは私なわけですが(苦笑)
#tkolseminar 質問。日本では寄付文化が根付かないので、クラウドファンディングだけでマネタイズし続けるのは非常に難しいと思うがどうか?最初は物珍しいが、トピックによって地味なものもあるし、持続性を持たせるには?
— 新田哲史@アゴラ編集長 (@TetsuNitta) 2017年2月23日
実際、さきほどの先輩方の記事でも、昨日のイベントでの渡辺氏本人の説明にもあるように、活動資金は、これまた違う方面でマスコミを賑わせている早稲田大学から得ているわけではなく、クラウドファンディングで調達する方針だ。渡辺氏は「広告型、課金型も検討したが、やはり寄附型にした」という。ワセダクロニクルのサイトでも次のように高い理想を掲げている。
「ジャーナリズム活動には取材と発信を支える資金がどうしても必要です。しかし、一方で、お金には時として色や紐がつくことがあります。政治的・経済的・社会的な権力を監視する調査報道ジャーナリズムでは資金面でも独立する必要があります。」
パトロンも不要!報道の「民主化」への半端ないこだわり
クラウドファンディングで1人1000円〜50万円のメニューを組んでいるが、驚いたことに、山田編集長のイベント事前の説明で知ったのだが、特定のパトロン的な人物への依存構造を作らないよう、一人あたりの寄付額に制限も設けているという。「民主化」へのこだわりは半端ではないのだ。質疑では、電子書籍のスペシャリストである田代真人氏が「米プロパブリカは編集長の収入が40万ドルだが、規模的にも意識しているのか」と尋ねたのに対し、渡辺氏は苦笑いを浮かべながら「40万ドル、欲しいけどいりません。ピュリッツァー賞も取れたらいいとは思うけど、大きくなりたい」と抱負を語った。
なお、下記のリンク先は4年前の記事だが、堀潤氏がメディア事業立ち上げに際してクラウドファンディングで集めた金額も、ワセダクロニクルが現時点で集めた金額の規模と同等で、やはり以前書いたように、一つの「相場」なのかもしれない。
渡辺氏が「自分はITのことも経営のこともわからない」と率直に語ったように、ビジネススキームを緻密に組み上げてきたわけではない。同じ完全寄附型運営のロールモデルにしているという韓国の調査報道サイト「ニュース打破(タパ)」関係者と懇談した際、「まずやってみろ」と鼓舞されたという。そのあたりのエピソードを披露していることからも、理念先行でスクープによる突破力頼みで走りながら基盤を整えていくという荒削りなベンチャースタイルだと感じさせた。ちょっと心配ですが。
渡辺氏があの調査報道サイトを知らなかった意外
そういえば、わが国で完全調査報道といえば、こちらは課金型だが、数少ないマネタイズに成功した独立系ニュースサイトである「My News Japan」(MNJ)の事例がある。私からは追加質問で「MNJの事例について知っているのか?知っているとしたら、意識している部分はあるのか?」と、渡辺氏に尋ねてみたところ、「存じていない」という意外な回答だった(ちなみにMNJの編集長も同姓の渡邉正裕氏)。
10年以上前からネット界隈でそれなりに知られているMNJの存在も知らないくらいだから、渡辺氏は東洋経済オンラインやハフィントンポスト等の大手を除き、ネットメディア事情にはあまり詳しくなさそうだ。もしかしたら、アゴラが昨年、蓮舫氏の二重国籍問題の火付け役だったこと、いやアゴラの名前すらも本当は存じていなかった可能性もある。
ただ、これは邪推でも、悪い意味で指摘するわけでもなく、それだけ新聞社内で調査報道という仕事にこだわりを持って、社会の問題と向き合おうとしてきた根っからのジャーナリスト気質であるということだ。しかし、そのことは、もちろん、運営・経営面についてはプロではないわけなので、資金調達のスキームを含め、ソーシャルビジネスのノウハウを心得た人材をチーム内に確保しないと、ワセダクロニクルの挑戦は早晩行き詰まりかねない。イメージでいうと、一般財団法人ジャスト・ギビング・ジャパン 代表理事の佐藤大吾氏あたりのような存在を早く「軍師」に迎えた方がいい。
とはいえ、大学発ジャーナリズムという日本では画期的なプロジェクトであることも含め非常に面白い存在になる可能性はある。イベント後にご本人にも申し上げたように、心より、健闘をお祈りしております。ぜひ成功していただきたいです。
—–
P.S ① アゴラの今後の運営についても色々考える機会になった。うちもここのところ、現場取材のライター公募はしているが、この日、再会した旧知の東洋経済の幹部からは「アゴラのイメージは報道よりはオピニオン」とご評価いただいた。やはり、それが世間で確立されたアゴラのブランドなのだと再認識した次第。池田信夫・アゴラ研究所所長、八幡和郎氏、渡瀬裕哉氏ら名うての専門家による確かな分析がコアコンピタンスであり、それをベースに編集面、経営面でどう拡大させていくか、まあ、私は私で色々と考えて参りたいと思います。
P.S ②メディア絡みで告知をすると、ワセダクロニクルの渡辺編集長も含め、これでバズフィードジャパン、ハフィントンポストなど、台頭するネットメディアでは、朝日新聞や毎日新聞などリベラル系メディアの出身者ばかりが目立つ構図になっている。渡辺氏の政治観はまだ分からないが、蓮舫氏の二重国籍問題の折より、ヤフーニュースの反応も含めて、ネットメディア業界の政治ニュースを巡る「左傾化」を懸念している。その背景に読売出身者が少ないこともあることも含め、そのあたりの率直な思いを、あす発売の「Hanada」4月号でぶちまけ、問題提起させてもらったので、書店で見かけたらよろしくお願いします。
<アゴラ研究所からおしらせ>
アゴラ出版道場、第1期の講座が11月12日(土)に終了しました。二期目となる次回の出版道場は4月以降の予定です。
その導入編となる初級講座は、毎月1度のペースで開催。次回は3月7日(火)です(講座内容はこちら)。ビジネス書作家の石川和男さんをゲストにお招きして“先輩著者”の体験談もお聞きできます(お申し込みはこちら)。「今年こそ出版したい」という貴方の挑戦をお待ちしています。