韓国「聯合ニュース」は23日、 北朝鮮の「朝鮮中央通信」(KCNA)が同日、朝鮮法律家委員会報道官の談話として初めてマレーシアの金正男暗殺事件について報じたという。それによると、正男氏暗殺の背後に北朝鮮がいるという非難に対し、「韓国が台本を書いた陰謀」と反論した。記事では「金正男」の名前には触れていない。
当方は北側の「韓国が書いた台本」という表現に興味をそそられた。すなわち、北側は全ての出来事を何らかの劇の演出と受け取り、マレーシアの「正男氏暗殺事件」は韓国が書いた一場の演劇(台本)と指摘し、批判しているわけだ。
劇である以上、実際の人生とは一線を引く。北の独裁者は国家の運命も人間の一生も一種の演劇と考え、演出とプロットが不可欠と考えてきたはずだ。北の場合、金ファミリーが常に劇の演出家の役割を果たしてきた。金正恩氏の父親、故金正日総書記の権力掌握術にはその傾向が強かった。もちろん、その劇のプロットに従って踊らされる国民は堪ったものではない。
演出家は観衆が喜ぶ劇を演出しようと腐心する。演劇の世界が実生活とかけ離れていればいるほど観衆は劇に没頭できる。だから、サプライズは不可欠な要素となる。日常生活の思考の延長では、観衆は退屈してしまうからだ。劇場のオーナーであり、演出家の北の独裁者は常に世界を驚かせなければならない使命を負っているわけだ。
マレーシアの「正男氏暗殺事件」は2人の外国人女性を登場させる一方、銃やナイフではなく毒物を使用して正男氏を暗殺するプロットを考えた。劇の舞台はクアラルンプール国際空港という華やかな書割を利用した。
その結果はどうだったか。残念ながら金正恩演出のマレーシアの「正男氏暗殺」劇は駄作に終わった。①犯行シーンを見届けた4人の北の工作員は舞台から去ったが、5人の北容疑者の名前と顔が明らかになった、②1人の北の容疑者が逮捕され、駐マレーシアの北大使館外交官の関与も暴露された、③事件の実行犯、2人の異国女性が逮捕された、④正男氏を暗殺したが、国際社会に「北の犯罪」と明らかにしてしまった。良好な関係だったマレーシアとの外交関係の険悪化も必至だ。
独裁者も人間である以上、多くの国民を処刑したり、ましてや親族関係者を粛正した場合、良心の呵責を覚えるものだが、北の独裁者にはその形跡が見られない。その最大の理由は、彼らが人生を一場の演劇と受け取り、その演出に没頭し、舞台で演じる俳優たちの個々の運命にはまったく関心がないからだ。
マレーシアの「金正男氏暗殺事件」は世界を驚かせた。捜査の進展によって、暗殺劇の台本を書いた脚本家はどうやら金正恩氏だということが分かってきた。大韓航空機爆発テロ事件(1987年11月29日)の台本を書いた故金正日総書記(当時労働党書記)は最後まで犯行を否定し、「韓国の自作自演」と言い張った。同じように、その息子・金正恩氏も自身が書いた台本「正男氏暗殺」劇が終幕を迎え、劇が駄作だったと分かると、「劇の台本を書いたのは自分ではない」というだろう。残念ながら、北ではゴーストライターは存在しないのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年2月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。