あなたが新車を300万円で購入するとしましょう。
納車日になって販売業社から電話があって「仕入れが困難になり納車が1ヶ月遅れるので契約を解除します。アマゾンで同じ型で同じ色の自動車を同じ値段で売ってるので、そちらで買ってください。アマゾンなら明日届くので1日分のレンタカー代金を損害として支払います」と言われたらどう思いますか?
実は、イングランド法ではこれが「常識」になっているのです。
契約というのは当事者双方の共同作業であって、買い手(あなた)には”損害軽減義務”というものがあるのです。ですから、代替品を他で調達できる場合は、買い手(あなた)が被った損害は代替品の購入によって余分にかかった費用に限られるのです。
ちなみに、日本の法律では代替品があろうとなかろうと、約束した品物を引き渡すのが第一義的な義務であり、損害賠償は契約が解除されてから発生するというのが原則です。
具体的には、業者には契約した車を引き渡す義務があり、1ヶ月遅れたら1ヶ月分の損害を賠償する義務が発生します(商用車で、その間レンタカーを借りたら1ヶ月分のレンタカー料金)。
イングランド法と比較すると、業者にとっては困難な仕入れをやり遂げなければならない苦労と損害金というコストがかかり、買い手としても1ヶ月間レンタカーで我慢しなければなりませんので、日本法の方が経済的には非効率だと考えられるかもしれません。
では、商品が芸術作品である100万円の絵画だとしましょう。
買い手であるあなたは以前からその絵がとてもとても欲しかったので、万一売り手が契約を破った時は代金の半額である50万円を損害金として支払う契約を結びました。
ところが、その絵画を200万円で買いたいという人物が出てきたら、売り手はあなたに損害金50万円(代金を受け取っていたら合計150万円)を支払って、別の人物に200万円で売ってしまうでしょう。
以前から欲しがっていたあなたとしては「とてもやりきれない」気持ちになるのではないでしょうか?「理屈じゃない!誠意の問題だ!約束を破っておきながら謝らないとは言語道断!」と文句を言いたくなるかもしれません。
しかし、契約内容が、次のようなものであれば案外あっさり引き下がるのではないでしょうか?つまり、絵の手付として50万円を売り手に渡し、あなたが契約を破った時は売り手が手付金を没収、売り手が契約を破った時は手付を倍返しするという、賃貸借でよくある手付です。100万円の倍返しを受け取れば、「まあ、仕方ないや。その日に支払いを済ませて持ち帰れなかった自分にも非があるのだから」と諦めることでしょう。
日本人は「約束を守ることを当然」と考える傾向が案外強いとも考えられます。
国際取引で「納期を守る」ことが日本企業の大きな強みになっており、電車が時刻通りに正確に運行されている点は欧米諸国の追随を許さないようです。時刻表通りに列車が運行されているからこそ、時刻表を利用した推理トリックが多数生まれたのです。
では、欧米諸国の人たちが「約束を重視しない、いいかげんな人たち」かというと、決してそうではないでしょう。ビジネスシーンでは「損害が増加しないために契約を破る自由」を広く認めても、プライベートでは約束を守らない人は軽蔑されるようです。
かのロングセラー「7つの習慣」でも、待ち合わせの時間に遅れる等「小さな配慮」を疎かにすると、信頼残高がどんどん減ってしまい人間関係が悪化するという趣旨のことが書かれています。
日本でも、電車が10分遅れると文句を言うくせに、友達との待ち合わせ時間には毎回遅れてくる人がいますよね。10分遅れてきて「君の時給は1200円だから10分の損害である200円を払うよ」なんて言う人がいたら、二度とお付き合いしたくなくなります。これは欧米でも同じでしょう。
約束の時間に10分遅れてきた人は、10分待たせただけではないということを自覚すべきでしょう。時間に正確な人は、約束の時間の10分前に来ていることもあるので、合計すれば20分も待たせているのです。
借りた本や文具を返さない人もたくさんいるようですね。お金ではなく物の貸し借りは軽く考える人が多いようですが、貸した方は決して忘れないものなのです。「〇〇を送りますね」と言われたのに一向に送られてこない「空手形」も世間ではよくあるようです。
要するに、ビジネスシーンではある程度効率を考えて「契約から逃れる自由」があった方がいいのですが、その場合には契約内容を工夫して(先の手付にするとか)双方に感情のシコリが残らない内容にすべきだというのが第1点。第2点としては、プライベートでは(約束を破られた側の気持ちを考える想像力を養い)可能な限り約束を守るべきだということです。
私が家庭内で定めた憲法はただ一つ。
「約束は守らなければならない。万一どうしても守れなかった場合は(理由を訊かれるまでは決して言い訳せず)心から謝罪すること」です。今でも娘が憶えていてくれたらいいのですが…いささか不安です(笑)
編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年2月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。