依頼者の言い分だけを丸呑みしないこと

今から25年以上前のことです。
私たちの期(43期)の司法修習の修了試験(俗に「二回試験」と言われています)の直前に、次のような笑い話が流行りました。

「民事の面接試験で『君が弁護士になって損害賠償事件を受任したとします。最初に何をやりますか?』と尋ねられ『委任状と着手金を受け取ったら訴状を書きます』と答えるバカな修習生が年に一人くらいはいるそうだ」

正解は、訴状を書く前に内容証明郵便等で請求することなのです。

司法研修所では内容証明郵便の書き方は教えてくれませんが、裁判外で請求し、相手方の出方を見て、和解ができなければ提訴する、というのが短期間に事件を解決することができて依頼者にとって有利になるからです。

特にビジネス関係の事件だと、いじいじ訴訟をやっていては間に合わない案件や、時間の経過によって争いが無意味になってしまう案件がたくさんあるので、事前交渉は必須です。

ビジネス案件の9割以上は裁判外で解決しますが、(意外と思われるかもしれませんが)不倫相手に対する慰謝料請求も、私の経験の範囲内では8割以上は裁判外で解決できました。

「前略 当職は〇〇の代理人として貴殿に対し次の通り請求いたします。貴殿は、〇〇の妻△△と平成 年 月頃から男女の関係を続けています。ご高尚の通り、妻と不貞行為を行った貴殿には、夫である〇〇に対して損害を賠償する責任があります(民法709条)。よって、本書到達後2週間以内に賠償金500万円をお支払いいただきますようお願い申し上げます。話し合いがご希望であれば当方も応じる所存ですので直接当職宛ご連絡下さい。なお、お返事をいただけない場合には止むを得ず法的措置をとらせていただきますので、予めご了承ください。草々」

という1枚で済む内容証明郵便を送ると(1枚で済ませた方が依頼者の負担する料金が安くなります)、裁判外の交渉でたいていカタが付きました。相手が事務所に来た時は「今日はわざわざご足労いただき、誠にありがとうございます。」と礼を失することのないよう心がけ、とことん相手の話に耳を傾け、相手の気持ちを理解するようにしました。

思いの全てを吐き出して冷静になると、大まかな相場200万円あたりで金額を納得し、「今後、△△とは、メールその他いかなる手段でも一切連絡や交渉をしないことを誓約する」という別れの約束を入れた和解契約書にも署名・捺印してくれまたものでした。強制執行が困難な支払い能力に不安がある相手の場合は少々減額することもありましたが…。

「着手金」が30万円プラス消費税で「報酬金」が得た金額の10%なので、内容証明郵便代などの実費を入れても費用は50万円前後。一時期流行った「別れさせ屋」よりもはるかに安価で確実です(笑)。

ところが、事前交渉ができない事件があるのです。
離婚訴訟が典型例で、事前に本人が家裁で調停を済ませている場合は「調停不調、話し合い解決不可能」なのです。

事情を聞くと裁判外の解決が無理なケースが多いので、事前交渉を諦めます。
相手の言い分を知らずに依頼者の言い分だけを聞いて訴状を提出すると、相手の答弁書を見てびっくりすることが多々ありました。「依頼者の言い分と全然違うではないか!」と…。

経験の浅いうちは驚いたりもしましたが、同じ経験を積むにつけ「離婚訴訟とは同じ客観的事実を夫婦が正反対の方向から眺めて主観的事実を述べるものだ」という悟り(笑)を開くようになりました。

その経験値は法律相談を受ける時にも生かすことができ、相談者の話をじっくり聴いた後で「相談者の相手方の立場」に立って反論的な質問を行うことができるようになりました。
結果的に、表面上ではない「真の争点」を見つけることもありました。

例えば、相続争いで「相手に誠意がない」「非常識だ」と人格非難を繰り返す相談者も、「現実問題として分割内容をこのように変えれば納得できませんか?」と水を向けると「それなら納得する」と答える人が多いのです。

要するに、真の不満は相手の人格ではなく財産的な問題なのです。

たまにSNS上だけの繋がりの人から、「私は人権を蹂躙されるような一方的な不条理な目にあっています。何とか相談に乗ってください」というメッセージをもらいますが、私は決して応じないようにしています。「あなたにもたくさんの落ち度がきっとあるはずですよ」などという余計なことまでは決して書きませんが…。

本当にあったトンデモ法律トラブル 突然の理不尽から身を守るケース・スタディ36 (幻冬舎新書)
荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年3月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。