南米出身のローマ法王フランシスコに誰が知恵を授けるのだろうか。刑務所を訪問したり、囚人の足を洗うなどの斬新なアイデアでメディア関係者を喜ばせてきたが、80歳の大台に入ったばかりのフランシスコ法王は先月、ホームレスが発行する新聞との単独会見に応じたというニュースがバチカン放送(2月28日)に大きく報じられたのだ。
メディア関係者ならばご存じだろうが、世界的な著名人や政治家と単独会見をするということはメディア関係者にとっても大きな名誉だが、著名なジャーナリスト、大新聞社や国営放送ではない場合、そう簡単ではない。一方、フランシスコ法王といえば、たとえ教会が低迷し、多くの信者が年々、脱会するとはいえ、世界12億人以上の信者を抱える世界最大のキリスト教指導者だ。そのローマ法王と単独会見することはバチカン担当ジャーナリストならば夢だろう。その夢をイタリアのミラノ市でホームレスが発行する新聞“scarp d’ tenis”がやったのだ。法王と会見した関係者には脱帽するのみだ。
ところで、政治家がメディア関係者と単独会見に応じる場合、必ず意図がある。自身の政策をアピールするとか、何らかの特定のアジェンダを訴えるとかいった狙いだ。そして、その狙いに最適のメディアを選び、会見をアレンジするのが政治家の秘書の仕事だ。
それでは、フランシスコ法王はなぜホームレス発行の新聞と会見したのか。多分、時間があったからかもしれない。ホームレスは社会では弱者に属する人々だ。イエス・キリストの教えを信奉し、ペテロの後継者であるローマ法王としては、ホームレスの新聞はひょっとしたら米紙「ニューヨク・タイムズ」か、テレビ局では「CNN」などと匹敵するメディア、という判断があったのだろう。
当方は、フランシスコ法王がホームレス新聞と単独会見をしたと聞いた時、正直言って、少々ポピュリズム的なやり方だな、といったネガティブな思いがきた。しかし、ローマ法王と単独会見などできないホームレス新聞社を選び、それに応じたこと自体は通常のことではない、という意味から「画期的な選択だ」と考え出した。多くの読者がその会見記事を読み、ホームレス発行新聞の存在を知るだろうし、その苦境や生活状況を知るようになるかもしれない。フランシスコ法王の狙いはそこにあったのだろう。
最後に、フランシスコ法王はホームレス新聞との会見でどのように答えているのかを紹介する。
法王曰く「難民かホームレスかが問題ではない。支援や寄付だけでは十分ではない。重要なことは彼らの社会統合だ」という。そして「他者の目で物事を見つめることが必要だ。われわれはエゴイズムの奴隷となっている。他者を理解することは容易ではないが、必要だ」と指摘する。
そしてインタビューの中で難しい質問を受けている。「難民を全て受け入れるか、制限すべきか」。
法王は「先ず、どのような人が難民かを知るべきだ。われわれも彼らの状況に対して共犯者だ。われわれは彼らの領土から全てを奪うが、現地の人間が生きていくためには何も投資してこなかった。だから、彼らには移住する権利がある。そして支援を受け、収容される権利がある。収容が可能ならば、全ての難民を本来受け入れるべきだ」と述べている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年3月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。