トランプ氏とメルケル首相の「相性」

長谷川 良

メルケル独首相は3月14日、ワシントンでトランプ米大統領と会談することになった。両者の会談がいつ実現されるか見守ってきた当方は「ようやく会談がセットされたか」と思わず呟いた。

トランプ大統領は就任式後、1月27日、歴史的同盟国である英国のメイ首相をワシントンに招き、首脳会談をしたのを皮切りに、日本の安倍晋三首相、カナダのトルード首相、イスラエルのネタニヤフ首相と次々と首脳会談をこなしたが、欧州連合(EU)の盟主で世界の経済大国ドイツのメルケル首相との会談がこれまでなかった(メルケル首相は1月28日、就任式直後、トランプ大統領と電話会見)。

メルケル首相は、対メキシコ国境線の壁建設やイスラム諸国7カ国の国民入国一時禁止などの大統領令を出すトランプ大統領の政策には批判的だが、公の場では沈黙を守ってきた。大統領の就任式が終わった直後、「トランプ氏とは意見の違いはあるが、互いに敬意を払っていけば、調整はできる。米国と欧州の関係は昔と同様、非常に重要だ」と強調している。

一方、トランプ氏はメルケル首相の難民歓迎政策に対しては厳しく批判してきた。トランプ氏は米紙とのインタビューでメルケル首相の難民政策を「カタストロフィーだ。難民がどこから来たのか誰も知らないのだ」と酷評している。

ドイツの場合、9月24日に連邦議会選挙が控えている。4選を目指すメルケル首相にとって、問題発言が多いトランプ大統領との首脳会談は国内向けには得点とはならない、といった計算が働いているのかもしれない。メルケル首相側からは「トランプ大統領との首脳会談の早期実現」といった声はこれまで聞かれなかった。

トランプ政権にとってEUの評価は相対的に低下している。EU離脱を決定した英国のメイ首相との記者会見で、トランプ氏はEU離脱を称賛し、「英国のEU離脱は英国にとって素晴らしいものだ」と述べている。トランプ政権は多国籍貿易協定よりも2カ国間協定を促進する方針で保護主義的な傾向が見られる。

トランプ氏の側近を見ても、EUを評価する人物は見当たらない。トランプ政権で国家安全保障会議の常任メンバーのスティ―ブン・バノン大統領戦略官兼上級顧問はEUを「欠陥のある機関」と酷評。大統領の国家通商会議委員長に就任した経済学者のペーター・ナヴァロ氏は「ドイツは自国の経済利益のためユーロの為替相場をコントロールしている」と批判したほどだ。

EUと米国の間には経済問題だけではなく、ウクライナ内戦問題、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)対策など、難問が山積している。対ロシア関係でもプーチン大統領との関係強化を模索するトランプ大統領に対し、EUは対ロシア制裁を続けている、両者の間には基本的戦略の違いがある。

ただし、トランプ氏にとって人口5億人の世界最大の市場を誇るEUとの経済関係は無視できない。米国企業からEUとの関係強化を求める声も聞こえる。そこでEUの盟主メルケル首相との会談が急務となってきたのだろう。

ちなみに、欧州と米国との関係は過去、厳しい時があった。特にブッシュ政権のイラク戦争に対して多くの欧州諸国は批判的だった。オバマ政権に入り、両者の関係は改善が見られたが、米国家安全保障局(NSA)のメルケル首相携帯盗聴事件が表面化するなど、関係は良好からは程遠い状況だ。そこに、ポピュリストのトランプ大統領が登場したのだ。

トランプ大統領はEU加盟国の間に亀裂を深めさせている。ブリュッセル主導の政策に批判的なうえ、難民受け入れ政策ではメルケル首相批判が強いハンガリー、チェコ、スロバキアではトランプ氏の難民政策を評価する声が強い。その一方、オーストリア日刊紙プレッセによると、欧州議会では米国民へビザを義務付けるべきだという声が聞かれるという。欧州でのトランプ政権に対する評価は分かれている。

最後に、ドナルド・トランプ氏(70)とアンゲラ・メルケル首相(62)の相性を占う。福音主義教会の牧師家庭で成長し、物理学者を目指していたメルケル首相は知性的であり、実務的だ。同時に、難民問題で厳格な対応に躊躇するなど、キリスト教価値観が根底にある。一方、トランプ氏は奢侈な生活を享受する典型的な米国の金持ちだ。女性問題も忙しく、スキャンダルは絶えなかった。その一方、中絶や同性婚問題では厳格な保守派だ。かつては民主党員だったキャリアを見ても分かるように、トランプ氏は典型的な共和党員ではない。

その2人がホワイトハウスで初めて会合する。出身背景も政治信条も異なる2人がどのような人間関係を築いていくか。「ドナルド」「アンゲラ」と愛称で呼び合う関係ができるだろうか。14日の首脳会談が楽しみだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年3月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。