北ミサイル発射は中国にダメージ

長谷川 良

北朝鮮は6日、同国北西部の平安北道・東倉里付近から弾道ミサイル4発を発射した。日本の排他的経済水域(EEZ)周辺に落下した。飛距離は約1000キロだ。北のミサイルが着実に向上していることを示した。

ところで、北のミサイル発射の狙いはどこにあるのか。先ず、今月から始まった米韓軍事演習への対抗という軍事的側面が考えられる。北の朝鮮中央通信(KCNA)が7日報じたところによると、「在日米軍基地の打撃任務を遂行する目的があった」というから、事態は深刻だ。米本土まではミサイルの飛距離とその精確度がまだ十分ではないが、日本駐留の米軍基地までは届くぞ、ということをデモンストレーションしたことになる。KCNAによると、「戦略軍火星砲兵部隊」と呼ばれる部隊がその任務を担っているという。同発射には金正恩労働党委員長が立ち会ったことから、北側の真剣さが伝わってくる。

さて、ミサイル発射の狙いはそれだけだろうか。ミサイル発射後、どのような動きが米韓中でみられたかを振り返ってみる。安倍晋三首相と韓国の黄教安(ファン・ギョアン)大統領権限代行首相はそれぞれ7日、トランプ米大統領と電話で会談し、北のミサイル発射への対応で話し合っている。韓国軍によれば、米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」の在韓米軍配備の作業が開始され、早ければ4月にも運用が始まるという。北のミサイル発射は韓国内のサード配置反対の声も押しつぶした感じだ。

一方、中国はサードの在韓米軍配備に反対し、中国内の大手スーパー・ロッテマートの店舗に対し営業停止処分をするなど、韓国に対し経済的な報復措置に乗り出している。聯合ニュース(3月3日日本語電子版)によると、韓国政府は在中国韓国大使館が中国に滞在する韓国人に対し、身辺の安全に留意するよう注意を呼びかけたというから、ただ事ではない。

知人の韓国外交官は「中国の習近平国家主席は1月17日、世界の政財界トップが集まる世界経済 フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)に参加し、基調講演をした。そこで、中国は自由で互恵的な経済発展貿易を促進させると世界に向かって宣言したばかりだが、韓国企業に対する締め付けはその発言内容と矛盾している」と批判する。中国共産党指導者の発言はもともとこの程度だ。

北のミサイル発射を受け、米韓はサード配置に本格的に乗り出す一方、サード配置に反対してきた韓国国内の野党勢力や中国側の言い分は急速に勢いを失ってきた。米韓にとって北のミサイル発射は「タイミングが良く」、中国側にとっては「都合の悪い時にミサイルを発射してくれたものだ」と不満の声も飛び出すだろう。

金正恩委員長の異母兄、金正男氏が先月13日、マレーシアの国際空港で毒薬の神経剤「VX」で暗殺されたばかりだ。中国寄りの叔父、張成沢氏を処刑し、叔父が密かに支持してきた正男氏を暗殺するなど、中国寄りとみられる政敵を次々と処分することで、正恩氏はその権力基盤を強化した。その代価として、中国との関係はこれまでなかったほど険悪化してきた。

正男氏暗殺事件直後、中国側は北からの石炭輸入を年内中止するなど対北制裁を実施表明したが、その裏で北に対し様々な支援を実施しているはずだ。中国は北の崩壊を恐れているからだ。対北外交の表舞台とその舞台裏では、かなり異なったやり取りが行われているとみてほぼ間違いがない。5日公表された国連の対北制裁委員会専門家パネルの最新報告書によれば、北朝鮮のミサイル部品調達や国際的な金融取引に中国企業などが関与していることが明らかになったばかりだ。

問題は、金正恩氏が中国側のジレンマを“北京の弱み”と早合点した場合、中国はある日、大きなしっぺ返しをするかもしれないことだ。中国国内では北京のいうことを聞かない金正恩政権に対し、批判の声が聞かれる。同時に、正恩政権を抑えきれない中国当局者への批判の声も高まっている。日米韓は、金正恩政権の暴発を警戒する一方、金正恩政権への北京側の忍耐切れ、という2つのシナリオを想定し、慎重に検討しておくべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。