通信傍受法と狼少年

山田 肇

通信傍受法の成立は1999年である。当時、日本ペンクラブ・日本ジャーナリスト会議・日本雑誌協会・日本書籍出版協会などが懸念や反対を唱え、「盗聴法」と批判する市民運動が起きた。同年8月5日の朝日新聞には批判記事が掲載された。記事に登場する識者は、「法案が成立すれば、報道機関は取材源を守れなくなるだろう。市民からの電話は減り、結果として警察が流す情報に頼って情報操作される」と語った。

通信傍受法は2016年に改正された。これも「盗聴法を強化するもの」との批判を呼んだ。同年7月21日の朝日新聞記事は次のように始まっていた。「批判の渦の中、通信傍受法(盗聴法)ができて17年たち、盗みや詐欺など身近な犯罪も対象になる。通信の秘密と背中合わせの捜査手法の拡大。どんな社会につながる道なのか」。当時、経済誌から僕に取材が来たが、依頼メールに盗聴法(通信傍受法)について取材したいとあったので断った。朝日新聞もこの経済誌も、通信傍受法はすなわち盗聴法との認識だったのである。

通信傍受法では、毎年の実施状況を国会に報告するように義務付けられている。2016年の状況は先日報告され計33人の逮捕につながったそうだ。電子計算機使用詐欺、覚醒剤取締法違反、銃刀法違反、麻薬特例法違反、組織的犯罪処罰法違反が傍受対象となり、還付金詐欺という特殊詐欺捜査でも利用された。

民主党政権下の2010年には通信傍受によって47人が逮捕されている。江田法務大臣が「今後とも有効適切に活用していく方針」と語ったとの記事が2011年2月4日の朝日新聞夕刊に掲載されている。なんと今の安倍政権よりも多数が民主党政権で逮捕されていた! 民主党政権が盗聴を認めるはずはないから、法律の定める犯罪の捜査に通信傍受法が実施されて逮捕者が偶然多くなっただけのはずだ。成立からほぼ20年にわたり、通信傍受法は盗聴法として運用されたことはない。

集団的自衛権の一部行使を認める法律が「戦争法」と批判されたことは記憶に新しい。テロ等準備罪の新設を目的とする組織犯罪処罰法改正案は「治安維持法」の復活と批判されている

衆議院予算委員会に「もともと正当な活動を行っていた団体でも、目的が犯罪を実行することに一変したと認められる場合は、組織的犯罪集団に当たり得る」という政府統一見解が提出された。統一見解について民進党山尾志桜里議員は「一般市民が処罰対象になるのではないか」と質問し、首相は「犯罪集団に一変した段階で一般人であるわけがない」と答弁した。政府見解は一般市民を対象としていると読み取る山尾議員に論理性は感じられない。

政権を取っても通信傍受法を廃止できなかったのは、国家保安の論理を突破できなかったからだ。これを教訓にしないで、盗聴・戦争法・治安維持法とおどろおどろしい言葉で国民感情に訴えるばかりの反対派は狼少年に過ぎない。これらの法律なしに日本の治安をどう守るのか、反対派は論理的に説明するべきだ。