公人か私人か、などという議論の立て方を見ると靖国参拝問題を思い出してしまうが、総理夫人は国会議員でもなく、内閣の一員でもないから公務員ではない。
公人という言葉が公務員と同義であれば、総理夫人は公人ではないということになるが、それでは法に抵触しない限り自分の言動に何の責任も負わない普通の私人かと言うとそんなことはない。
天皇陛下にとって皇后陛下が極めて重要な存在であるのと同様に、総理夫人は総理にとって極めて重要な存在である。皇后陛下は皇室の一員として日本の法体系の中にしっかりと位置付けられているが、総理夫人の場合は現行法規上必ずしもその法的位置が明らかでないが、今回の森友学園の問題を契機に、政局を絡めないで総理夫人の法的位置付けの議論を始められたらいいのかも知れない。
日本の外交の上で総理夫人の果たす役割は、実に大きい。
諸外国への公式訪問の時に総理夫人が総理に同行していなければ、相手国から奇異に思われるだろうし、様々なレセプションの場に総理夫人が同席していなければ何かあったのかしら、と思われるはずだ。
ファーストレディという名称は伊達ではない。
そういう意味では、総理夫人は立派な公人であり、少なくとも公的な存在である。
総理のみならず総理夫人に公務員の方々が付き添うのは自然のことで、当該公務員にとって総理夫人への付き添いなり、総理夫人の警護は当然公務である。
国会の質疑の中で役所の方の答弁が若干迷走していたが、外務省なり内閣府その他の職員が総理夫人に同行するのはすべて公務だと言わなければならない。
勤務時間外にボランティアで公務員の方々が総理夫人に帯同していた、などという物言いが通用するはずもなかったのだが、どうも官邸はそのあたりの判断を間違えていたようだ。
この通常国会でいよいよテロ等準備罪の審議が始まるようである。
テロには色々な形態があり、一概に何を最も警戒しなければならないか、ということは言い難いことなのだが、どこの国でも要人警護はテロ対策の最優先事項になるはずである。
この要人警護の対象に総理夫人が含まれることは明らかだ。
総理夫人は公人か私人か、などという表面的な議論で済ませられない大事な問題がいくつもありそうである。天皇の譲位(生前退位)問題に関連していよいよ皇室典範の改正問題が重要な局面を迎えているようだが、皇室典範改正問題について一応の結論が見えてきたら、次に総理夫人の法的位置付けの問題を検討されるのがいいかも知れない。
天真爛漫、自由奔放な安倍総理夫人は魅力的な人ではあるが、やはり総理夫人としての言動にはそれなりの責任が伴う、というあたりのことは、今のうちにきちんと議論しておいた方がいい。
編集部より:この記事は、弁護士・元衆議院議員、早川忠孝氏のブログ 2017年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は早川氏の公式ブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たに」をご覧ください。