中国の大学学食に登場した新メニューは「丼(どん)」

先週から新学期が始まった。新たな課程『日中文化コミュニケーション』は定員の30人以外にも傍聴者が多数訪れ、活気のある授業となっている。日本のことを話すと目を輝かせて聞いてくれる。ひな祭りの起源が中国の上巳節にあること、紀元1世紀、後漢の光武帝から送られた金印「漢委奴國王印」がちゃんと保存されていること。いくら日本のアニメを見ていても、日本が中国と同じ漢字を使っていることさえ実感できていない学生がいる。一つ一つが新鮮なのだ。

そこで先日、学内で見つけた広告を見せてみた。学食の一角に「本格的な日本料理」を出すコーナー「丼味屋」を設けたという宣伝だ。写真には牛丼とラーメン、カツカレーがある。まだ食べていないので、味はわからないが・・・。

「丼味屋」というネーミング自体、あえて日本風を意識したのだろう。興味深いのは「丼」の上に「どん」と書いてあることだ。日本語を習っていない大半の学生もこれをちゃんと「don」と発音できる。学生たちに聞くと、「丼」は中国の学校では教えないのでほかの読み方を知らないという。辞典にも載っていない。つまり中国の漢字ではない。日本人が作った和製漢字(国字)である。

日本の各種語源辞典には、かつて江戸に突慳貪(つっけんどん)に盛り切りの食べ物を出す飯屋があり、慳貪(けんどん)から「どんぶり」が生まれ、その音が井戸の中に小石を落としたときの音を連想させることから、「丼」の漢字が誕生した、とある。できすぎた話のような気もするが、実に面白い。文献による考証ができていないのは、いかにも庶民の言葉らしくていい。どうせ確証がないのであれば、言い伝えを、言い伝えとして教えよう。そういう伝え方をすることもまた文化の一つである。

授業で紹介したら、案の定、大爆笑だった。「日本人はなんて独創的なんだ」と感想を言う学生もいた。私は負けじと、「丼だけじゃない」と思いつく和製漢字を説明していった。

「鰯」は奈良時代の皇族、長屋王家の木簡から見つかった。弱い魚だから「鰯(いわし)」。これもまた面白いネーミングだ。こだわりが多いほど、対象を細分化するのは人間の常である。魚ヘンは鱈(たら)、鯏(あさり)、鯰(なまず) などがある。日本人が海に囲まれ、いかに魚を好んできたかがわかる。「畑」も中国語にはない。中国人は農地を田畑に分類しないが、日本人は稲作を重んじたがゆえ、米を作る田と野菜を植える畑を分けた。畠(はたけ)、糀(こうじ)、籾(もみ)、粂(くめ)、コメに関する和製漢字は多い。ある意味では、「丼」もその一つだと言える。

「日本人がなぜ電子炊飯器にこだわるか。わかるでしょう。さかんに買っていく中国の観光客はおそらくそんなに深くは考えないだろうけど」

ここでも爆笑が起きた。時間切れで次回に持ち越したが、もっと興味深い和製漢字は「躾(しつけ)」だ。どんな反応が起きるか興味が尽きない。

広東、潮汕地区は、かつて中原から多くの人々が流れてきたため、古い文化の痕跡があちこちに残っている。柳田国男の『蝸牛考』にある通り、文化は発信源から離れた周縁地域で原形をとどめるのだ。この点、日本と中国南方には共通点がある。「日本」を発音してみてくれというと、「ヤパン」「ジポン」とどこかで聞いたたような呼び方が戻ってくる。マルコポーロもこんな発音を聞いて、「ジパング(日本国)」と記したのであろう。さらにさかのぼれば、古代の日本人もまた同じ音を耳にしたに違いない。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。