特定物売買の危険負担を経済学的に考える

イラストはGATAGより(編集部)

かなり古典的な論点ですが、特定物売買の危険負担について大きな議論がなされたことがありました。具体例は次のようなものです。

AがBに別荘を売却する契約を結んだ後、不審火によってその別荘が焼けてしまいました。この場合、買主Bは別荘の代金を支払わなければならないでしょうか?

今どきこんな事件はほとんど起こらないのですが、民法534条1項が以下のように規定していることから議論になりました。

特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。

別荘は(店で同じものをたくさん売っているような不特定物ではなく)「特定物」です。全く同じ別荘は世界中でひとつしかありませんから。

また、不審火は(別荘を引き渡す)債務者であるAの「責めに帰することができない事由」と仮定して論を進めると、「その滅失又は損傷」は(引き渡しを受ける)債権者であるBの負担になるということになります。

つまり、別荘が燃えてしまったにも関わらず、Bは代金の全額をAに支払わなければならないという極めて奇妙な結論になってしまうのです。

どうして民法534条1項のような規定が出来たかというと、売買契約だけで別荘の所有権は買主Bに移転するという日本の民法の大原則だからです(不動産登記やその他特別な様式は不要です)。ですから、契約後に別荘の価格が大暴騰すればBは大儲けができる代わり、損失も負担すべきだという理屈なのです。

しかし、買ったものが引き渡されるまでの短期間で大暴騰するようなことは通常滅多に起こりません。引き渡しも受けていない別荘が焼けてしまったからと言って、その損失を買主Bが全額負担しなければならないのは、あまりにも気の毒ですよねえ。

そういうことで、「せめて登記が済むまでは」とか「引き渡しが済むまでは」という意見が噴出し、契約だけの時に買主に全額負担させるのはおかしいというのが学説の主流になりました。

ところで、以前、損失負担について経済学的に考えれば「より安価な費用で損失を回避できた方が生じた損失を負担すべきだ」とご説明しました。

その原則からすれば、売主Aは別荘に火災保険をかけておけば「より安価な費用で損失を回避出来た」はずです。買主Bに対して、「契約したんだからすぐに火災保険をかけろ」と要求するのは無理がありますよね。

また、民法400条は次のように規定しています。

債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。

つまり、売主Aは「引き渡しが済むまで」善管注意義務を負っているのです。善管注意義務というのは高度な義務なので、火災保険をかけるくらいの義務はあると言えるでしょう。

ということで、本件は民法400条に基づき、売主Aが火災保険をかけなかった時は善管注意義務違反としてAが損失を負担するということで丸く収まります。火災保険が普及していた時代においても、本件が大きな論点になっていたのは、個人的には実に不思議でなりません。

現実には、不動産売買契約書に「所有権の移転時期」が明記されているのが通常です。「所有権の移転は…の時とする」という条項が必ず入っています。
だから裁判にもならず新判例も出ません。

まさか今でも大論点として法科大学院で教えているなんてことはないと…信じたいです。実務で問題となることはまずありませんから。もちろん、大学レベルの純粋な法理論の学習や頭の体操という程度であれば大いに結構だと思います。

荘司雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2014-08-26

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年3月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。