軍事研究に関する新声明案にぬか喜びする朝日新聞

山田 肇

3月8日の朝日新聞に『「学問の自由」に論点絞り成果 軍事研究禁止の新声明案』という嘉幡久敬記者の記事が掲載された。記事の冒頭は、「声明に対し、一部の専門家からは既に、軍事研究の禁止を打ち出した過去2回の声明より後退した、との指摘がある。だが文面を見る限り、学術界を束ねる公的団体が使いうる限りの表現で軍事研究への事実上の禁止方針を打ち出したと読むべきだろう。」という記者の認識から始まっている。

認識の根拠を、防衛装備庁の委託研究制度は政府の介入の度合いが強く「問題が多い」、と記事は説明している。確かに、日本学術会議・安全保障と学術に関する検討委員会が公表した新声明案には次の表現がある。

防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」(2015年度発足)では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しく、学術の健全な発展という見地から問題が多い。むしろ必要なのは、科学者の自主性・自律性が尊重される民生分野の研究資金の一層の充実である。

すべての研究制度は明確な目的に沿って公募・審査が行われる。それがなければ、そもそも予算が付かない。それでは、「外部の専門家でなく職員が研究中の進捗管理を行う」点はどうか。

国土交通省の『道路政策の質の向上に資する技術研究開発』募集要領には、研究成果について毎年度評価を行うことや、打ち切る場合もあると書かれている。農林水産省の『農林水産政策科学研究委託事業』公募要領には、「農林水産省の職員の中から構成される研究推進チームが研究の進捗状況を把握し、必要に応じ助言・指導等を行います。」「研究の進捗状況によっては、研究費の減額、研究の中止を求めることがあります。」と書かれている。

防衛省の契約書雛形中の表現「委託業務の進捗状況及び委託費の使用状況について調査する必要があると認めるときは、乙にその報告をさせ、職員又は甲の指定する者に当該委託業務にかかる進捗状況及び帳簿、書類その他必要な物件等を調査させることができる。」は、他省と大差ない。農林水産省は職員が評価すると明記しているが、防衛省は「職員又は甲(防衛省)の指定する者」として外部専門家に委ねる可能性を残している。

明確な政策目的を持って公募され、職員等によって進捗評価される国土交通省や農林水産省の制度は「政府による研究への介入が著しく、学術の健全な発展という見地から問題が多い。」と日本学術会議が言うだろうか。言うはずはない。ということは、新声明案の指摘は軍事研究反対派へのアリバイ作りに過ぎず、「安全保障技術研究推進制度」を止める気はないと読むしかない。朝日新聞記者の認識は間違っている。彼は他府省の研究制度をざっと調べることさえしない。

問題は新声明案の「むしろ必要なのは、科学者の自主性・自律性が尊重される民生分野の研究資金の一層の充実である。」という部分である。科学者が自由に利用できる研究資金が、財政ひっ迫の今、要求できるのだろうか。