ビジネス感覚を培えば元記者でも会社員時代より稼げる ?

新田 哲史

きのう、確定申告に税務署へ行ってきた。弊社(個人会社のほう)経理担当の妻が家事・育児の合間を縫ってなんとか集計してくれたおかげで、期限ぎりぎりの滑り込みセーフ。昨年秋から個人事業から法人化したので、あくまで「参考値」ではあるのだが、アゴラ以外のコンサル業の収入も含めると、独立から4期目、新聞社を辞めて6年目でようやく記者時代の収入を上回った。月収ベースでは近年、上回ることが多かったが、記者時代はボーナスがそれなりの額だったので、フリーランスの身で最大手新聞社の年収を抜くのは容易ではなかった。

もちろん、所詮はスモールビジネスのレベル。起業やベンチャー参画で億単位を稼ぐ友人たちの活躍とのギャップに課題を感じてもいる。彼らは独立してすぐに会社員時代の何倍も稼いでいることも珍しくない。だから、たかだか個人事業に毛の生えた零細企業の経営者が、このような個人日記的なエントリーを書いていいものか、と逡巡する部分もある。

一方で、ビジネス経験のなかった元新聞記者が、新聞業界という衰退産業を辞めてみての「実験」について一言書いておくことは、いま転職を考えている若手の新聞記者だけではなく、「崩壊した東芝→新興ベンチャー」的な、衰退業界から成長市場への人材移転を考える一つの材料になるかも、と(勝手に)思いつつ、筆を取ってみる。新聞業界以外の衰退業界の方もご興味があれば、しばしお付き合いください。

年々厳しくなる、記者を取り巻く経営環境

日本は解雇規制が厳しいので、人材ニーズの高い成長市場へのヒトの移転がスムーズに進みにくいとされる。が、法制度のようなマクロなこともさることながら、市場性のあるスキル(ポータブルスキル)を持てないことも要因だ。古い企業は特に終身雇用を前提としたキャリア構築を前提にしており、下手をすれば、同業他社でも通用しないスキルだったりする。新聞記者はその極端な典型だ。取材の仕方など他の新聞社でも使えるスキルはあるものの、表現や見せ方、読者の反応を意識したコンテンツづくりなど、雑誌やウェブメディアにすぐに転化できるかといえば、「野球とソフトボールの違い」くらいはあって、適応に苦戦する元記者も少なくない。

もっとも、私の場合は、広告業界(PR会社)という、「野球とサッカー」くらい離れたところに一度身を置いたことでメンタルを病んで一度は人生棒に振りかけたが、新聞記者からほかの仕事を志すにも、エクセルもパワポも怪しい人は多いし、20代のビジネスパーソンですら知っている基礎的なこともわからないという人も多い。元大手新聞(読売以外)のPRマンの尊敬する先輩が、かつてブログで「34歳で記者を辞めて前職のPR会社に移った時、見積書・請求書・領収書の違いもわからず、同僚に唖然とされた」と告白していたが、そういうことも珍しくないし、そもそもお金とは懸け離れたところで仕事をしているので、無理もない。

日本の新聞市場は公表ベース(ABC)でも見ても衰退は明らかで、新聞協会加盟全社の売り上げは2004年の2兆3700億から15年には1兆7900億に減少。販売収入は1兆2000億から1兆と、まだマシだが、よく言われるインターネットに侵食された広告収入は、7500億から3900億と大幅にダウンした。かつて1000万部を誇った読売も900万部を維持するのも苦しくなり、朝日に至っては慰安婦問題の炎上もあってかつての800万から600万台に落ち込んでいる。

記者を取り巻く環境は厳しさを増している。かつては年功序列で約束されていた右肩上がりの給与体系もネット時代になって望めず、全国紙、有力地方紙の倒産事例は、まだないとはいえ、稚拙な記事を書けばネット民だけでなく、アゴラ等のネットメディアで専門家に名指しで批判されてしまう。しかも、最近は各種専門家がネットで持ち前の見識に加え、記者顔負けのわかりやすい筆致で記事を書くものだから、この先、差別化が大変だ。

そういう経緯もあって、まだ転職しやすいアラサーの記者で「辞めたい」と漏らす人も多い。最近は少なくなったが、私も若手・中堅記者からしばしば転職相談を受けた。しかし、ポータブルスキルを持っていないので、「辞めたくても辞められず」、運よく脱藩できたとしても特に大手紙出身者は給料の半減も覚悟しないといけない。

一方で、新聞記者の仕事は社会的に尊い(異論はありましょうが、私自身は落ちこぼれだったので本当に特ダネ記者はリスペクトしています)。週刊文春の活躍が目覚ましいが、週刊誌は新聞以上に売り上げに左右されるため、地方の小悪人を成敗するようなネタは、目を引かず、販売に貢献しないので取り上げる“市場価値”は薄い。政治家や芸能人などの「全国区」ネタにどうしても左右される。

医療にたとえれば、週刊文春のような全国区メディアは「都会の大学病院」。市区町村レベルの問題は、地域で取材する記者が「町医者」のように寄り添う必要がある(アメリカでは地方紙の倒産が相次ぎ、地方の役所の腐敗が増えたという指摘もある=日経ビジネス:池上彰さん)。

朝日若手記者が提唱する「ビジネス感覚」

それでも、将来不安を感じながら、異業種転職を視野に入れるにはどうすればいいのか。その第一歩は、ビジネス感覚を自分なりに身につけるところなのではないかと思う。

仮に新聞記者を辞めなかったとしても、ビジネス感覚を身につけておくと、商店街の取材から大企業の取材、経済事件まで複眼的に取材できるのではないかと思う。若手記者はそのあたりの問題意識があるのか、たとえば、朝日新聞で記者職から異動してメディアラボで新規事業を担当する林亜希さんは、こんなブログを書いている。

それでも記者はビジネス感覚を身につけるべきだと思う3つの理由(note)

彼女があげる3つの理由はぜひ読んでいただきたいが、問題意識はここに集約される。

そもそも記者はなぜ金儲けのことを考えなくていいのか。それは記者以外のビジネス部門の社員が、報道を支える取材費を捻出するため、また記者を含めた社員の雇用や生活を守るため、必死でマネタイズを考えてきたからです。

そして、特に彼女も指摘するように、「マーケットイン」の思考で取材をすることは視野を広げるのは間違いない(マーケットインの言葉の意味も知らない記者も多いが、それはググってください)。彼女のツイッターによれば、どうやらこの4月から経済部の記者として現場復帰するそうだ。もしかしたら、そのうちネットメディアあたりに転職してしまうかもしれないが、当面は、メディアラボで事業企画をした経験により、企業取材の際には相手の内側も見通せるだけの、鋭く多様な観点が生まれてくるはずで、先輩記者たちに刺激を与える活躍を期待している。

論説副主幹もヒラ記者もネットで管を巻いてていいのか

しかし、残念ながら、林さんのような人は極めて少数派だ。困ったことに辞めてすぐ食べられるはずの“スター記者”でも内向きの闘争にエネルギーを使っている人がいるのは若手への悪影響だけでなく、会社組織に汲々とするサラリーマン記者の醜態を一般の人にも知らしめている。最近「ニュース女子」問題で炎上した東京新聞の前論説副主幹、長谷川幸洋氏のことだ。

ついに東京新聞が私のコラムを「ボツ」にした(現代ビジネス)

新聞記者からフリーになってすぐ会社員時代より稼ぐ一番の近道としては、いわゆるスター記者として著作やテレビ出演、講演を含めたマルチメディア活動で知名度・情報収集力を高めることだ。リフレ派の考えはアレとしても、私のように10年程度で記者を辞めた人間からすれば、長谷川さんはフリーでもすぐにそれなりの活動ができるのだから、こんな「内ゲバ」をよそのメディアでさらさなくてもいいのにと思う。

ただ、長谷川さんは辞めても、在職中並みに食える可能性がまだあるからいい。「その他大勢」の記者たちはどうなのか。リンクは引かないが、2ちゃんねるには10年以上前から『新聞記者辞めた(い)やつらの転職活動』という題のスレッドが脈々と続いており、時折ウォッチしてきた。すべてが新聞社関係者とは限らないが、業界の暗黙知的な内容も多いので一定数の現役記者らが書いているようだ(各新聞社の人事部さん要チェックですよ、笑)。

会社の悪口だけでなく、辞めていった人間の悪口も書きたい放題で、私の悪口もしばしば書かれているが(一部に対し現在法的措置を取っている)、2ちゃんに書く暇があったら、目の前の仕事を頑張るなり、辞めたいなら辞めるための準備をしっかりすればいい。

しかし、若手記者も捨てたものではない。前述の林さんは「ビジネス志向」だが、純粋に「ジャーナリスト志向」を極めたい人もいる。最近は大学生の間でも「衰退産業」としての認知度が高まって、本当に優秀な学生はほかの業界に持っていかれるようになっているようだが、業界としての衰退も織り込み済みで「覚悟」を決めて飛び込んで来る人もいる。

「死地に活路を開く」若手もいる

4年前、まだ私が個人事業でかろうじて食いつないでいる頃、あるセミナーで偶然知り合った20代の女性は大卒後、異業種で仕事をしていたが、読売の入社試験をパスし内定を取っていた。「なぜ、いまさら新聞業界に?」と聞いてみると、震災ボランティアの経験を踏まえ、被災地の実情などをうまく伝えてきれていない既存メディアのさまざまな問題を痛感し、「このままでは日本のメディアはよくない」と危機感を覚えたのだという。いま彼女は「中から変える覚悟」をもって某地方支局で頑張っている(こういう人は「ホンモノ」だと思う)。

気がつけば、4000字近い大原稿になってしまった。私的な話が多い上に、新聞業界という全人口比コンマ何パーセントの少数派をメインターゲットとした話題になってしまい、大変恐縮だが、残るにせよ、脱藩して異業種に行くにせよ、腹をくくらないと衰退産業ではやっていけない時代になりつつある。最近はバズフィードやNewsPicksのように脱藩者の受け皿もできてきたが、まだ極めて少数だ。フリーにならずとも、孫子の言う「死地に活路を開く」気構えでないとならないのだと思う。

私など、まだまだスタートラインです

偉そうにいろいろ書いてしまったが、読売新聞記者の大先輩、島田範正さんからは「辞めた時の10倍の年収になってから次は報告を」と無茶振りの檄を飛ばしていただいた。はい、そのとおりです。所詮私の歩みなど、まだその程度。著作を2冊出したくらいだし、会社もフルタイムで人を雇用するまでの規模になってはいない(ちなみに、島田さんのブログ『新聞記者はつぶしが利かない、というけれど』は米国の事例ながら読み応えあります)。

謙遜抜きで本当に「運」と「縁」だけでここまで来てしまったことも自戒している。だから自慢する気は微塵もないし、するほどの実績もないから焦っている。この先、成長していくと信じたいが、大きな失敗をするかもしれない。

しかし、暗い未来を漫然と待ち受けて不安を募らせてばかりいるよりは、先のわからない未来を楽しむ生活は違う意味での不安はあれど、やってみたら意外に面白かった。

なんといっても紙の新聞という枠だけの仕事から、アゴラや東洋経済オンライン、現代ビジネス等のネットメディア、そして近年は、テレビ(TOKYO MX、フジテレビ等)、雑誌(ZAITEN、別冊SPA、月刊Hanada等)、書籍など様々なメディアで発信する面白さも難しさも知った。時にはコンサルとして裏方に徹し、企業や政治家のみなさんに提案し、あれこれと企画を仕込むなど、縦横無尽にポジショニングしていくことは、会社員時代には経験できなかった(これは自慢でもなんでもなく率直な思いだ)。

引き続き、一歩一歩日々の仕事に邁進し、少しでも社会のお役に立ちたいと思います。クライアント、パートナーの皆様、ご取材いただくメディアの皆様、引き続きよろしくお願いします。

P.S 本気で異業種転職を考えている若い新聞記者の方がいれば相談に乗っています。ただ、意外かもしれませんが、基本は思い留まらせています。

新田 哲史
株式会社アスペクト
2015-11-26
新田 哲史
ワニブックス
2016-12-08