ベルリンで19日開催された独社会民主党(SPD)の臨時党大会でマルティン・シュルツ氏(61)は全党員の支持(有効投票数605票)、すなわち100%の支持を得てガブリエル党首の後任党首に選出された。投票結果が報じられると、党員たちから驚きと大歓声が沸いた。「戦後の党史で党首が100%の支持を得て選出されたことはなかったことだ」というのだ。
SPD臨時党大会の結果を知った当方はユダヤ人の箴言(旧約聖書)を直ぐに思い出した。全員が賛成した案は否決されるというのだ。ユダヤ人は全員が同じ意見であることに危険を感じるからだという。当方はシュルツ氏の選出に反対ではないが、100%の党員が支持したということに、ユダヤ人ではないが、ちょっと危なさを感じたのだ。
ドイツではこの秋、9月24日、連邦議会選挙が実施される。第1与党「キリスト教民主同盟」(CDU)を率いるメルケル首相は4選を目指す一方、第2与党のSPDは第1党の位置を確保して首相のポストを奪還することを目標に、欧州議会議長を5年間勤めた後、ドイツ政界に戻ってきたシュルツ氏を党筆頭候補者、首相候補者に担ぎ上げたばかりだ。
シュルツ氏が党の看板となって以来、SPDの支持率が20%台から30%台に突入し、1万3000人の新党員が加わったという。トップの座をCDUから奪う勢いを示しているのだ。「社民党のカムバック」といった見出しが独メディアに見られ出した。
シュルツ氏は20年余り欧州議会議員、そして議長を務めるなど、大部分の政治活動をブリュッセルで過ごしてきた。5カ国語に堪能でブリュッセルでは“ミスター・ヨーロッパ”と呼ばれてきた。ベルリンの独政界から久しく遠ざかっていたこともあって、社民党の党刷新のイメージにマッチする利点がある。複数の世論調査では次期首相候補者としての支持率でシュルツ氏がメルケル首相を破ってトップを走っている。ゲアハルト・シュレイダー首相(任期1998~2005年)以来の社民党首相が生まれるという希望が党に活気を与えているわけだ。
一方、11年間、首相の座に君臨してきたメルケル首相は難民・移民の歓迎政策で国民の支持を失ってきた。それだけに、SPDの政権奪還の夢は現実的だ。
ただし、総選挙まであと半年ある。シュルツ氏の政治家としての鮮度が果たして投票日まで続くか。社民党はメルケル政権下の連合パートナー政党だった。メルケル政権下の問題点は社民党の責任でもある。例えば、難民問題の時、メルケル首相のウエルカム政策を正面から批判した社民党閣僚はいなかった。
シュルツ氏はその批判の矛先を民族主義的な右派新党「ドイツのための選択肢」(AfD)に向けている。その上で、シュルツ氏はシュレーダー氏が2003年3月に発表した改革プロジェクト(通称・アゲンダ2010)を修正し、所得の格差是正に乗り出す姿勢を強調している。
アゲンダ2010とは、失業者への給付金、援助金支給期間の短縮、労働コストの削減、人材派遣業への規制緩和などだ。その結果、SPDの支持基盤の労働組合などから激しい批判を受けてきた経緯がある。シュルツ氏は「所得の格差の拡大、低所得労働の拡大で労働者の生活は苦しくなってる」としてその修正をアピールしている。
シュルツ旋風がいつまでも吹き続ける保証はない。ドイツでは今月26日ザールラント州、5月7日にはシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州、同月14日にはノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州で州議会選挙が行われる。特に、人口最大の州、NRWの選挙動向はシュルツ氏の人気が本物かどうかを占う絶好の機会となる。NRW州選挙でSPDが飛躍するようだと、メルケル首相の4選に赤ランプが灯る。
最後に、シュルツ氏が100%の党員の支持で党首に選出されたことに当方がなぜ「危なさ」を感じたかを簡単に説明する。「ユダヤ人の知恵」を過大評価しているからではない。605人の党代表者がいながら誰一人としてシュルツ氏に反対票を投じた者がいなかったという事実は、社民党の結束をアピールする点では成功したかもしれないが、シュルツ氏旋風におんぶするだけで、政党としての思想的貧弱さを反映しているように感じるからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年3月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。