文化庁報告書に見る政府立法の限界(上)

城所 岩生

3月13日に開催された文化審議会著作権分科会は、法制・基本問題小委員会中間まとめ(以下、「中間まとめ」)を承認した。中間まとめの目玉は第1章の「新たな時代のニーズに的確に対応した権利制限規定やライセンシング体制等の在り方」である。

「知的財産推進計画2016」および「日本再興戦略2016」での提案を受けて、文化庁は著作権分科会法制・基本問題小委員会に「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」(以下、「WT」)を設けて検討した。WTは2月に「新たな時代のニーズに的確に対応した権利制限規定の在り方等に関する報告書 」を提出、これを法制・基本問題小委員会が「中間まとめ」として取りまとめ、著作権分科会が了承した。

学者グループの声明

法制・基本問題小委員会が「中間まとめ」を了承した2月24日、筆者も名を連ねた学者グループは、「『柔軟性のある権利制限規定』の導入に向けて―新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム報告書を踏まえて―」と題する声明(以下、「声明」)を発表した。声明は以下のように総括する。

我々は、〔1〕少なくとも、WT報告書で優先的な検討課題として設定された6つの利用類型については、WT報告書を踏まえて、柔軟な規定として条文化がされるべきである、とともに他方で〔2〕WT報告書においては十分な検討がされていない課題がなお存在し、今後も柔軟性のある権利制限規定の拡充に向け、権利制限の一般規定の導入や著作権侵害に係る刑事罰規定の見直しも含めた議論を継続すべきであると考え、本声明を公表するものである。

〔2〕で「報告書では十分な検討がされていない課題」として、「WTの検討ではニーズ募集により収集したニーズを出発点とした議論を行われてが、現時点でニーズとして認識がされていないものにも対応する必要があるか否かという点については、十分な議論が尽くされているとは言いがたい」と指摘している。

知財本部は「知的財産推進計画2008」で「包括的な権利制限規定」の導入、「知的財産推進計画2009」でも「権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)」導入の検討を提案した。フェアユースは公正な利用であれば著作権者の許諾を得ずに著作物の利用を認める米著作権法の規定である。

文化庁はこの時もニーズ募集にもとづいて検討した結果、実現した2012年の著作権法改正は、従来の改正でも追加されてきた個別の権利制限規定と変わらない三つの条文を盛り込むだけの尻すぼまりの改正に終わってしまった。その後、急速に進展するデジタル化・ネットワーク化に追いつけず、今回、再検討を迫られたわけだが、この間にも米国ではネット関連サービスにフェアユースを認める判決が以下のとおり相次いでいる。

2009年 コピペ対策に学生の論文をデータベース化することはフェアユース(第4控裁)
2011年 図書館がグーグルの書籍検索サービスに蔵書を提供したのはフェアユース(NY南連邦地裁)
2013年  グーグルの書籍検索サービスはフェアユース(NY南連邦地裁)
2014年 図書館がグーグルの書籍検索サービスに蔵書を提供したのはフェアユース(第2控裁)
2015年 グーグルの書籍検索サービスはフェアユース(第2控裁)/ 1400以上のテレビ・ラジオ局の全

番組をアーカイブして検索可能にしたサービスに対して部分的にフェアユースを認める(NY南連邦地裁)
2016年 グーグルのフェアユースを認めた2015年の第2控裁判決を不服とした原告の上訴を最高裁が受理しなかったため、第2控裁判決が確定。

声明は〔1〕で、「少なくとも、WT報告書で優先的な検討課題として設定された6つの利用類型については、WT報告書を踏まえて、柔軟な規定として条文化がされるべきである」としている。WT報告書が優先的な検討課題として設定した6つの利用類型の最初の「所在検索サービス」の具体例としてあげられているサービスのうち、「書籍検索サービス」と「テレビ番組検索サービス」は上表のとおり、米国でフェアユースが認められたサービスである(ただし、「テレビ番組検索サービス」については部分的に)。6つの類型の2番目の「情報分析サービス」の具体例としてあげられている「論文剽窃検索サービス」についてもフェアユースが認められた。

対症療法方式の限界

「論文剽窃検索サービス」は2014年、STAP細胞論文でコピペ疑惑が発覚した小保方事件をきっかけに日本でも脚光を浴びた。日本にもサービスを提供する企業はあったが、日本の教育・研究機関は事件発生後、一斉に米Turnitin社のサービスを導入した。チェック対象論文数が桁違いであることが大きな理由だが、裁判でフェアユースが認められた米社は、学生の許諾なしに提出論文をデータベース化した。学生の許諾を得た論文しかデータベース化できないようでは、先輩の論文のコピペや学生同士の論文の見せ合いをチェックできず、論文剽窃検サービスとしては不十分なので、事件発生後、日本の大学や研究機関がTurnitin社のサービスに走ったのは当然である。

書籍検索サービスについても、グーグルのサービスに筆者の名前を入れて検索すると、国会図書館の蔵書検索データベースNDL-OPACで検索した場合よりも一桁多い件数がヒットする。書籍の全文を複製して検索データベースを作成しているグーグルと、現行法ではそれができない国会図書館の相違に起因するものと推測されるが、日本語の書籍ですら、母国語国の国立図書館よりも米国の一民間企業の方が網羅的に探してくれるわけである。

ウェブ検索サービスでも、日本では2009年の著作権法改正によって個別の権利制限規定が設けられるまでは非合法だったため、2000年代はじめの3件の判決でフェアユースが認められた米国勢に日本市場まで制圧されてしまった。こうした反省から日本版フェアユースが提案されてからも、すでに10年近く経過している。その間に米国で誕生したサービスが次々と日本市場を席捲しているのである。

AIの進化などにより技術革新が加速する中、現時点では予測不可能な新サービスが生まれる可能性は今後ますます高まる。ネットビジネスは先に市場を押さえたプレイヤーが市場を席捲する勝者総取りの世界である。顕在化したニーズの検討だけに終わり、現時点で認識されていないニーズには対応していないWT報告書で、上記のような後追いの悪循環を断ち切れるのかは疑わしい。(下へつづく)

城所岩生(国際大学客員教授・米国弁護士)
「フェアユースは経済を救う~デジタル覇権戦争に負けない著作権法」
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