子どもを産みたくても産めない人がいる。長年の不妊治療で精根尽き果てている人がいる。
わたしがそんな事情を自分ごととしてはじめて捉えたのは、婦人科で心ない医者に「産めないかもよ」と、根拠なく不安を煽られた時でした。
産めるのは当然じゃない。そんな当たり前のことがわかっていなかったことに、はじめて気づいたものでした。それでも「どうしても子どもが欲しい場合」はどうしたらいいのだろう……?
こう悩む女性がいる一方で、望まない妊娠・出産の末に赤ちゃんを殺してしまう人がいるという。
—-2016年4月から「赤ちゃん縁組(正式名称:特別養子縁組)」の取り組みを始めた、NPO法人フローレンスの代表・駒崎氏はこう言います。
「望まない妊娠をした人・子どもが欲しくてもできない人。双方を救う仕組みが、赤ちゃん縁組(特別養子縁組)なんです」
駒崎氏は、一見重たく聞こえる内容をとても優しい口調で教えてくれた。
さえり
書籍・Webでの編集経験を経て、現在フリーライターとして活動中。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。
Twitter:@N908Sa
認定NPO法人フローレンス 代表理事 駒崎弘樹
1979年生まれ。東京都江東区出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本初の「共済型・訪問型」病児保育サービスを首都圏で開始、共働きやひとり親の子育て家庭をサポート。ほか、小規模保育園、障害児保育園などを運営。 内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長などを務める。2児の父。
子どもを救うためにはじまった「赤ちゃん縁組」
今日はよろしくお願いいたします。
「赤ちゃん縁組」という仕組みについていろいろとお話をお伺いさせてください。
里親、のような仕組みでしょうか?
よく間違われるのですが、里親制度の場合は育ての親と子は法的には家族になることはできませんが、”特別養子縁組”の場合は法的にも家族になることができます。
なるほど……。なぜ、この仕組みができたのでしょうか?
そういった社会的な問題を救う仕組みとして「赤ちゃん縁組」という、赤ちゃんの命を救う仕組みができたのです。
特別養子縁組という仕組みはいつ頃からはじまったんですか?
はじまりは昭和60年代。そんなに歴史は古くないんです。そもそもはじまった理由は「子どもを救おう」というところからでした。
良い行いのようには思えるけれど、それは法律違反だったんですね。
そうです。社会的にもすごく問題になって。でも結局、その事件がきっかけで「養子縁組」を制度化しようという流れになり「特別養子縁組」という制度ができました。
ちなみに、どういう団体が「特別養子縁組」を進めているんですか?
ですが、実際のニーズに比べるとまだまだ小規模で数も少なく、社会全体としてまだ手が回っていないのが現状ですね。
フローレンスが赤ちゃん縁組の活動を開始されたのは最近、でしたよね?
子どもへの虐待をなんとか減らせないかと考えたときに、一番上流で食い止められる方法が「特別養子縁組」なんじゃないかと思ったんです。
お話を伺っていて、すごく社会にとって大事な仕組みだなと思ったのですが、なぜ拡がっていないんでしょうか?
もともとの文化的なものや、血縁へのこだわりなどいろいろな要因がありますが、じつは、これまでこの特別養子縁組を支える制度がひとつもなかったということも大きいのです。たとえば保育園なら国から補助のお金がもらえて、そのお金で保育士の給料や施設の家賃が払えますよね。特別養子縁組を支援する活動ももちろん、専門のスタッフも必要ですし、家賃もかかります。活動を続けるにはお金が必要ですが、特別養子縁組をしても、行政からは一円も補助が出なかったんです。
それがつい最近、2016年12月にようやく「養子縁組あっせん斡旋法」というあたらしい法律ができました。
12月! たった2ヶ月前のことですね。
いままでこの「特別養子縁組」は誰でも許可なくできていたんです。だから中には怪しい団体もあって。
たとえばインターネット上で「子どもあげます」「200万円でもらいます」みたいなやりとりをしてマッチングするような、一歩間違えれば人身売買になってしまうようなことも実際にあったんです。
それがようやく、国が認めてくれるようになったわけですね。ここからだいぶ変わっていきそうですね。
そう、ようやくはじまった、というかんじですね。
特別養子縁組の「親」と「子」が出会うまでの流れは?
いま、日本の特別養子縁組の数ってどのくらいなんですか?
実際に「特別養子縁組」を希望した場合、具体的にはどんな流れになるんでしょうか?
養親に登録してからどのくらいで養子を迎えることができるんでしょうか?
なるほど……。もうちょっと詳しく教えてください。
親にも言えない……。生みの親は「匿名」でOK
まず「予期せず妊娠をしてしまった人」、つまり生みの親のことを教えてもらえますか?
若い世代だとメールよりもLINEが主流になっているので、LINEで相談のやりとりをすることもありますね。
ふーむ。これって、自分の親に言わなきゃいけなかったり、個人情報を書かなきゃいけなかったりするんでしょうか?
いえ。相談は匿名で大丈夫です。
匿名でいいのか……! それはすごく安心しますね……。
そうですね。悩んでいる人がいれば、気軽に相談して欲しいです。
だから子どもを育てる養親側にも出産前には言わないですね。最後の意思確認をしてから、赤ちゃんを迎えます。
自分で育てられたら育てられるに越したことはない。でも、絶対無理だと思っている人に強制することは、赤ちゃん虐待死の確率も高めてしまう。苦しい人たちは、「助けて」って声を上げる権利があると思うんです。
たしかに……。相談できる場があることを知らない人もいるかもしれないですね。産んで養子に出した後で「やっぱり育てたい」ということはないんでしょうか?
それだと、子どもにとっても養親にとっても混乱させることになってしまうので、最後の決断は産んだ後にしてもらうようにしていますね。
辛い選択ですね。でもなにより、赤ちゃんがその後幸せに生きていけると思うだけで、産んだ実親にとって救いになる気がします。
養親を希望する人にはどんな人がいるんでしょうか?
「男か女か選べる?」
「顔を見てから決めてもいい?」
でも、特別養子縁組は子どもを選ぶことはできません。
子どもを選ぶことはできない……。
僕たちは子どもを生きてきた順番に託すのではなく、生まれてきた背景やそれを受け止められる育ての親はどのご夫婦か、ということも考えた上で「子どもが幸せに生き、育つための最善のマッチング」をします。
その前提として「子どもがどうであったとしても育てたい」という心構えは必要になってきますね。
僕たちは子どもの幸せを一番に考えなければいけない立場です。妻は前のめりだけど夫が後ろ向きってこともありますし、カップルの中で納得感が得られていないこともあるんです。養親を希望している人たちとしっかりコミュニケーションをとって、カウンセリングして「この人たちだったら大丈夫だな」と思えたらようやく登録できる、という感じですね。
なるほど……。
でも、特別養子縁組の場合って、周りにはまだロールモデルがいないんです。だから不安を払拭(ふっしょく)する機会があまりにも少ないというのは、たしかに事実です。
でも、じつは最近日本で行った調査で「養子」は普通の家庭で育った子よりも2倍も自己肯定感が高いという調査結果が出たんです。
「自分のことが好き」、「自分のことを肯定できる」と答えるひとが普通の家庭よりも2倍多い……と。
あともう一つ、気になっていることがあって。
いい子に育っていれば問題ないと思いますが、たとえば反抗期とかにとんでもなく暴力的になったとして。そんな時に「養子だから」「あまりに私たちに似ていない」とか思っちゃわないかって心配になってしまいました。
その不安も、すごく多いんです。実際に養子を迎えたご家庭でそういう風に子どもの性格で悩んだ場合、養子だからなのか自分の育て方のせいなのか悩むこともあるようですね。
でも、もしかして「養子だから……?」とか思っちゃう自分になっていないかなって。
でもね、福山雅治さんの『そして父になる』という映画にもありましたが、「絆はDNAで生まれるものではなくて、一緒に時間をすごした事実そのものによってつくられるものだ」と思うんです。
考えてみれば夫婦だって、血はつながっていないですもんね。それでも家族として生きて行くことができる。愛すことも、家族として支え合って生きていくことも無理なことではないし。
不妊治療で悩む人たちや、キャリアと出産を天秤にかけて「子どもを諦める」という選択肢を取る人たちが、産めなかったとしてもこういう選択肢があるんだよって知ることができたら……。それだけでかなり希望となりそうですね。
そうですね。あと、こういったことはどうしても「女性の不妊の問題」として語られがちですが、男性もこの問題に向き合う必要があると思うんです。
不妊治療は「夫婦で」向き合うものだし、養子縁組も「夫婦で」受け入れるものですから。
結婚する時に「子どもは欲しい?」と聞くような感じで、「もし赤ちゃんがなかなかできなかったら養子をもらいたい」とわたしは事前に話しておこうと思います
「特別養子縁組」という選択が当たり前になる世界にしたい
僕は「えっ!?!?」とか言ってあからさまに驚いちゃったんですよね(笑)。
それで友人に「あぁ、僕は養子だよ」って普通に言われて「えぇ!?」って驚いちゃって。でも、むしろ家族にはきょとんとされて「何にそんなに驚いてるの?」という感じだったんです。
それで「あれ? 驚いてる僕のほうがおかしいのかな?」ってカルチャーショックを受けたことがあるんです。
「どうやって説明しよう」とか「なんて言えばいいのかな」とか「かわいそうなんじゃないかな」とか「姑になんか言われるかも」とか。
こんな風に「養子」も普通の選択肢になっていてもおかしくないんじゃないかなと思うんです。
たしかにものすごいスピードで社会は変化していますよね。日本で遅れていた価値観も、大急ぎで整理されているような気もします。
僕らが、そんな世の中に変えていきたいなと思っています。どんな境遇だったとしてもフェアに扱われるようになってほしい。
具体的に、何年後にこうなってたらいいなっていう目標はありますか?
36歳になったときには、特別養子縁組という選択肢が普通になっていると嬉しいですね。
なっていると思います。人生かけてやっているので、約束しましょう。
心強い……。今日はありがとうございました。
終始なごやかなムードでお話をしてくださった駒崎氏。
ーーーー
重苦しい問題というイメージがあるものの、実際にはわたしたちのすぐそばにある問題であり、誰でも選ぶことの出来る選択肢です。 望まない妊娠をしてしまうことも、不妊治療で悩むことも、いまや珍しいことではありません。これらをタブー視するのではなく、「選択肢」を知ることで解決に向けて前向きに捉えることができれば、明るい未来が見えるかもしれない、と真剣に思えた取材となりました。
ーーーー
10年後には「特別養子縁組」が普通になっているかもしれない。その社会を作るのはわたしたち一人ひとりの意識なのだと、わたしは思います。
—
(インタビュー・執筆:さえり)
●予期しない妊娠で悩まれている方、ぜひご相談ください。周りにそういう悩みを持った方がいる、という人も、ぜひ赤ちゃん縁組・特別養子縁組制度について紹介してあげてください。
予期しない・望まない妊娠相談はこちら「フローレンスのにんしんホットライン」
ーーーー
●赤ちゃん縁組で家族を迎えたい、という人は養親募集を行っています。一人の命を託すことになるので、様々なハードルは当然ありますが、それでも、という方は、ぜひご連絡をお待ちしております。
養親相談窓口はこちら「フローレンスの赤ちゃん縁組」
ーーーー
●フローレンスは皆さんに支えられながら、今後も赤ちゃん縁組事業に取り組んでいきます。一人でも多くの赤ちゃんの命を救いたい。一人でも多くの生みの親の人生のリスタートを応援したい。そして、一つでも多くの幸せな新しき家族を創りたいのです。あなたと一緒に。
赤ちゃん縁組事業を行うフローレンスの活動を、寄付で応援する「マンスリーサポーター」に、どうかご協力をお願いします。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2017年3月28日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。