【映画評】ターシャ・テューダー 静かな水の物語

2008年に92歳で亡くなったアメリカの絵本作家ターシャ・テューダーは、4人の子供を育てあげた後、50代で念願の一人暮らしを始める。山奥に建てた18世紀風のコテージでの生活は、現代に生きる多くの人々を魅了した。生前のターシャ本人の映像やインタビューをはじめ、息子のセス・テューダーらも登場し、ターシャの愛したシンプルライフを語っていく…。

絵本作家ターシャ・テューダーの生誕100年を記念し、自然に寄り添うシンプルライフを営んだ彼女の生き方に迫るドキュメンタリー「ターシャ・テューダー 静かな水の物語」。日本でもファンが多いターシャは、絵本作家、人形作家、料理家、園芸家、アンティーク収集家と、多才な人として知られるが、そのライフスタイルから“スローライフの母”と呼ばれた女性だ。バーモント州の自然豊かな山奥のコテージに建てた18世紀風の家で、大好きなものに囲まれて暮らしたターシャだが、その人生はなかなか波乱万丈である。ボストンの裕福な名家に生まれたが、両親は離婚。華やかな社交界よりも農業に興味があり、同じく農業に関心があった夫トマスと結婚するが、いつしか農業に興味を失った夫とは後に離婚する。絵本作家を志した当初は、NYの出版社を必死に回ってもなかなかチャンスに恵まれないが、ターシャはあきらめなかった。劇中、夫は優しい人だったけど生活力がなかったとの言葉があるように、経済的にも一家を支えていたのはターシャだったのだ。俗世間から離れた癒しのスローライフを手に入れるまでは、努力と忍耐で、懸命に世俗を生き抜いたきたのだと分かる。

それにしても彼女の暮らしぶりは、ユニークだ。ターシャには、電気やガス、テクノロジーに頼らない19世紀の農村の暮らしこそ理想という揺るぎない信念があって、頑なにそれを貫いている。衣食住はもちろん、ロウソクから手作りするその暮らしは、自分にとって最適な、ゆっくりとしたペースを保つことこそが人生を豊かにする秘訣だと教えてくれる。そしてユーモアや好奇心を失わないことの大切さも。コーギー犬を相棒にした静かな一人暮らし、ガーデニング、絵本の創作活動などを続けたターシャの美意識が隅々まで感じられ、松谷光絵監督との信頼関係がうかがえる作品に仕上がった。劇中に挿入されるアニメーションも味があってとてもいい。
【60点】
(原題「ターシャ・テューダー 静かな水の物語」)
(日本/松谷光絵監督/ターシャ・テューダー、セス・テューダー、ウィンズロー・テューダー、他)
(スローライフのススメ度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年4月17日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。