幻冬舎から 『遺書 東京五輪への覚悟』が出た。Amazonの紹介文は「東京五輪への闘いを目の当たりにする驚くべき事実の数々」とうたう。しかし、本書を読んだ私にとっての驚きの対象は”事実”ではない。むしろ夥しい数の”間違いがそのまま活字化されていることに驚愕した。
週刊誌も含め、世の中には憶測や間違いに基づく書き物は多い。だが、本書ほど調べればすぐにわかる間違いをそのまま印刷した単行本は珍しい。もちろん、ご高齢の方の”遺書”である。おそらく勘違いや記憶違いもおありだろう。指摘するのも大人げないか―とは思った。しかし、間違いが流布すると結局、著者も出版社もお困りになるだろう。ひいては五輪の準備作業に対する信頼も揺らぎかねない。五輪の成功を祈る一国民として、必要最低限(頑張って10個だけに絞った)の指摘をしておきたい。
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(誤り①) 78ページ、196ページ「今までオリンピックに三兆円かかると言った人は誰もいません」「関係者の間から三兆円という数字があがったことは一度もありません」
➡正しくは「2015年10月28日に舛添前知事 が『このままでは3兆円になるだろう』と発言され、話題となった事実がある」
(誤り②) 84ページ「調査チームは知事の個人的な諮問機関で」
➡正しくは「調査チームは都政改革本部設置要綱第3条の4に基づき設置された東京都庁の正式な組織で」
(誤り③) 84ページ「組織委員会を監理団体にするのは無理だとわかってきたようです」
➡正しくは、「組織委員会は、『東京都監理団体指導監督要綱』の第2に定める監理団体の要件を満たしており、都庁総務局長が指定すれば、組織委員会の意向と関係なくいつでも監理団体にできる」
(誤り④) 197ぺージ 7行目「(調査チームは)それまでの検討経緯について都の担当者にヒアリングもせず(中略)(長沼を)海の森に代わる候補として打ち出した」
➡正しくは「調査チームはボート会場の選定について、過去の検討経過について都の担当者に何度もヒアリングを行い、また当時の国際連盟とのやりとりの議事録など関連資料も熟読したうえで(長沼を)海の森に代わる候補として打ち出した」
(誤り⑤)197ページ「上山氏はメールで、長沼ボート場については宮城県の村井知事に、横浜アリーナについては横浜の林市長に東京都が面倒を見るから会場として受けなさい、とかなり高圧的な指示をしたのだそうです」
➡正しくは「上山氏は電話で村井知事に長沼を代替会場として検討したいが調査にご協力いただけるかと打診した。また林市長には当初、小池知事が、続いて上山氏が同様に電話で打診をした」
(誤り⑥)197ページ「(上山氏は)長沼の選手村については、被災者住宅を二つくっつけて選手用にしろ、といったことまで指示した」
➡正しくは「(上山氏ではなく)村井知事は、ボート会場の誘致にたいへん積極的で、さっそく都庁の小池知事を訪問、その直後の記者レクで選手村については被災者住宅を改造リユースするというアイディアを披露された」
(誤り⑦)198ページ「(水泳会場について、調査チームは)基礎的なヒアリングすらなされていませんでした」「上山氏は現場に足を運ぶことすらしなかったのでしょうか」
➡正しくは「上山氏を含む調査チームの全員と都庁の担当職員は、調査開示の直後に辰巳国際水泳場を訪問。観客席の増設の可能性等を調査。新たに水泳会場を建設する原案の妥当性を精査するとともに辰巳のリニューアルの可能性も探索した。その結果、リニューアル案ではなく原案を見直す案を提言した。具体的には2万席もの座席数、また大会後に座席数を激減させる特殊工法の必要性を徹底的に精査し、最終的には座席数を1.5万に縮小、また特殊工法は中止となり、大幅な予算縮減につながった」
(誤り⑧)201ページ 「上山氏が、どういう経緯で都政改革本部の本部長になったのでしょうか」
➡事実誤認。本部長は知事。上山は本部長ではない(「都政改革本部設置要綱」第3条の2に明文規定がある)。
(誤り⑨ 201ページ「(上山氏の)立場に、どういう法的な裏付けがあるのでしょうか」「時給は誰が承認したのでしょうか」
➡基本事項の調査不足。
「都政改革本部設置要綱」第4条に、以下の記述がある「特別顧問、特別参与及び特別調査員は、本部長の命により、改革本部において、次の職務を行うものとする。(1)特別顧問 政策的見地から都政の課題についての実態調査及び評価、並びに課題の整理及び改善策の検討を行い、本部長に進言し、又は助言する。」
また、「特別顧問、特別参与及び特別調査員設置要綱」に、特別顧問等の使命、役割、報酬等については明確な規定がある。また第8条に「(報酬は)『非常勤職員の報酬及び費用弁償に関する条例(昭和31年東京都条例第56号)』に基づいて支給する。」という明確な規定がある。
(誤り⑩「(特別顧問等は)自宅で仕事をしたとしても時給の対象なのでしょうか」
➡上記条例は自宅での仕事に対する報酬の規定はない(時間給ベースだが自宅で仕事をした証拠の提出が困難という事情もある)。そのため、支給されず、事実上のサービス残業となっている。
編集部より:このブログは都政改革本部顧問、上山信一氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)のブログ、2017年4月23日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた上山氏に感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。