一週間ほど前のブログで、朝鮮半島情勢について、「影響力を行使する政策決定者たちは、朝鮮半島全体の政治的管理の見通しに対する洞察から逆算された計算によって、具体的な行動を決していくはずだ」と書いた。私の専門は平和構築ということにしているが、つまり「紛争解決論」であり、シミュレーション思考は、事前の政策立案のみならず、事後の政策評価にあたっても、当然大切なものである。備忘録として、もう少し書いておきたい。
東洋学園大学の櫻田淳教授が、4年前に書かれた記事が、体制変動後の朝鮮半島の行方を分かりやすくパターン化されているのを見つけた。これらのどれがいつ来るのか、という問いは、予知しようとしてできるものではない。だが政策決定者には、整理されたビジョンが必要であり、これらのパターンを念頭に置いた上で、さらに直近の政策判断に関わることになる。
現在、北朝鮮をめぐって、アメリカにどのようなオプションがあるか。枠組みとなる所与の制約は、以下のようなものだろう。
①アメリカとしては北朝鮮による米国本土(核)攻撃能力の保持は絶対に認めない。
②このままでは北朝鮮は数年内にそのような攻撃能力を獲得する。
③軍事施設を狙ったピンポイント攻撃は可能だが、北朝鮮による韓国(や日本)に対する全面攻撃による報復という甚大な被害を伴うリスクを回避することは不可能である。
④北朝鮮指導部は「体制保証」を求めているが、交渉を通じた合理的対応と将来にわたる政策的一貫性を現在の金正恩体制に期待することは難しい。
⑤北朝鮮に最大の影響力を行使できるのは中国だが、最近では中国の影響力行使度合いにも限界が見られる。
アメリカが簡単に打開策を見いだせるわけではない。しかし日本や韓国と比して多くの政策判断の幅を持っている事は確かだ。
最も強硬なオプションは、言うまでもなく、軍事力を使った北朝鮮への攻撃による脅威の除去である(国際法上の根拠は薄弱になるが、北朝鮮による威嚇行為と安保理決議違反行動が参照されるだろう)。もちろん成功/失敗の場合の中長期的な国際的な対応体制の構築は大前提となってくる。ここで大きなポイントとなるのは、関連施設の破壊だけでは政治的効果が限定的でかえってリスク要素が非常に高まるので、北朝鮮指導部を除去する即効性のある軍事作戦がとるか/とれるかどうかである。いずれにせよリスクが高い政策なので、米国本土および周辺国への核攻撃能力の開発の脅威との比較較量が慎重に行われることになる。
その他、様々なオプションがあるが、最も外交に重きを置いた非軍事的なオプションによる解決は、どのようなものだろうか?
中国の圧力を介して、北朝鮮に核開発を放棄させ、体制保証にふさわしい安定的な政治体制を作らせることである。中国だけに外交が期待されるわけではないが、中国以外の諸国の政治的影響力はあまりに限定的だ。しかし今までのやり方では、中国も簡単には影響力を行使できない。そこでアメリカとしては、中国にギアを入れ替えてもらうために、相当に野心的なビジョンを提示することが必要となるかもしれない。
ここで大きなポイントとなる問いは、中国が体制転換までに視野に入れるくらいに本気で北朝鮮に圧力をかけるなどということが起こり得るか、である。不安定な北朝鮮体制、そしてアメリカによる軍事手段行使の可能性が、中国への圧力として期待される。だがそれだけでは足りないかもしれない。中国に思い切った行動に踏み切らせるための誘因が必要であるかもしれない。
何が中国にとってメリットになるのか?アメリカが提示できるのは、まずは将来にわたる北朝鮮に対する中国の影響圏の容認である。だが、それはすでに織り込み済みだろう。厳しい交渉に持ち込むのであれば、もっと強い誘因が必要だ。
おそらくはアメリカが提示できる強い政治的誘因とは、将来の在韓米軍撤退も視野に入れた朝鮮半島全体に対する中国の影響力の拡大に対する容認政策の約束であろう。
北朝鮮の情勢突破が、中国の表裏両方での最大級の努力によって達成されるのであれば、アメリカにとってそのようなオプションは、合理的な判断の考察対象として設定しうるものであるかもしれない。
私も、すでにそのような打診がなされているとまでは考えない。トランプ政権といえども、そのようなオプションを打診するまでには、まだまだ相当な道のりをへなければならないだろう。だがそれは、一つの合理的なオプションとして存在している。日本人であれば、そのことを念頭に置いておかなければならない。
編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2017年4月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。