「マクロン氏の勝利」は本当に確か?

長谷川 良

23日に投開票された仏大統領選挙で無党派のエマニュエル・マクロン前経済相(39)が得票率23.8%を獲得して第1位に、それを追って極右派政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首(48)が21.5%を得て第2位に入った。この結果、5月7日の決選投票は両者の間で争われることになった。

投票結果が明らかになった直後、第1回投票で第3位(19・9%)に終わり、決選投票に進出できなかった中道右派「共和党」のフランソワ・フィヨン元首相(63)は「極右候補者の当選を阻止するために他の選択肢はない」として決選投票ではマクロン氏を支持すると表明。同じように、社会党のアマン元厚生相(6・4%)もマクロン氏を支援するように党員に呼びかけた。

予想されたことだが、極右大統領の誕生を阻止するために“反ルペン網”が作られてきたことから、マクロン氏の決選投票の勝利は確実と受け取られている。
それに対し、独週刊誌シュピーゲル電子版は「マクロン氏の勝利は間違いない、本当に?」という見出しの記事を掲載し、決選投票でサプライスが起きる可能性はまだ完全に排除できないと指摘しているのだ。

そこでシュピーゲル誌の警告の根拠を紹介する。

ルペン氏の父親ジャン=マリー・ルペン氏は2002年、再選を狙ったジャック・シラク大統領と決選投票で争ったが、他の政党が“反ルペン”で結束。シラク氏は得票率約82%を獲得してルペン氏に圧勝した。反ルペン網が構築されれば、ルペン氏にはチャンスがないわけだ。

しかし、「娘のルペン氏は『国民戦線』の政策から過激な主張を排除し、一般国民にも受け入れやすいように努力してきた。マリーヌ・ルペン氏の勝利のチャンスは父親より高い」とシュピーゲル誌は予想している。父親のルペン氏は当時、「ナチス・ドイツ軍がユダヤ人を虐殺に使ったガス室は存在しなかった」などと発言し、顰蹙をかったことがあった。

Ipsos-Erhebung の世論調査によると、マクロン氏とルペン氏の対決では、マクロン氏が62%、ルペン氏は38%と予想し、マクロン氏の勝利は間違いないという。

米大統領選での世論調査ではトランプ氏とクリントン氏の差は数パーセントだった。英国の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票の場合もプロ・コントラの差はわずかだった。マクロン氏の場合は対抗候補者に20%以上の差を付けているから、「もはやサプライズはない。マクロン氏の勝利は間違いない」という予測となるわけだ。

シュピーゲル誌は「不安要因は第1回投票で得票率19・6%を取って健闘した極左派『左翼党』のジャンリュック・メランション氏が決選投票で誰を支持するか発表していないことだ」と指摘する。

極右派のルペン氏と極左派のメランション氏では政治信条、路線は全く異なっているが、「両者は案外近い」というのだ。両者は既成政党を激しく批判し、既成の社会体制の刷新を主張している。その上、EUの離脱をも辞さない反EU姿勢を明らかにしている。すなわち、両者は近いわけだ。だから、メランション氏を支援した有権者がルペン氏支持に回る可能性が十分考えられるという。「中道右派のフィヨン元首相を支持した有権者の約30%は決選投票でルペン氏を応援するだろう」という予想も出ている。その上、第1回投票でマクロン氏を支援した有権者が「マクロン氏の勝利確実」と考えて投票場に行かないケースも考えられる。

5月3日、マクロン氏とルペン氏の最後のTV討論会が予定されている、有権者は両者が政治信条で全く異なっていることを知る機会となる。すなわち、リベラル派と右派の対決だ。マクロン氏は既成の政治システム、社会体制の刷新を訴え、“フランスのオバマ”と呼ばれているが、同氏は銀行家であり、特権エリート階級出身者だ。「彼は下層階級の国民の苦悩を理解できないだろう」という声すら聞かれる。

昨年11月の米大統領選で大方の予想を裏切ってトランプ氏がクリントン女史を破り当選した時、当方はこのコラム欄で「クリントン氏が女性初の米大統領という栄光を勝ち取れなかったのは、米国社会に“ジェンダーの壁”があったからではない。“階級の壁”があったからだ。クリントン氏に代表される一部特権エリート社会に対する大多数の国民の無言の抵抗だ」と書いた。絶対的な有利な立場にあるマクロン氏が決選投票で敗北するようなことがあれば、同じことがいえるかもしれない。

決選投票まで2週間余りある。この期間に想定外の出来事(テロ事件)が起きた場合、決選投票の行方に影響を与えるだろう。独シュピーゲル誌の「マクロン氏の勝利は確実か」という問いかけは頷けるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年4月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。