金正恩氏は本当にストロングマン?

長谷川 良

トランプ米大統領は1日、インタビューの中で北朝鮮の金正恩労働党委員長と会見してもいいと表明したという。ただし、「状況が適切ならば」という条件付きだ。どのような状況下が適切かは不明だが、トランプ氏が金正恩氏と会見する考えがあることを明らかにしたもので、日韓メディアはトランプ氏の発言を大きく報じた。

正恩氏とトランプ氏(中央日報から引用:編集部)

正恩氏とトランプ氏(中央日報から引用:編集部)

韓国紙中央日報(日本語電子版、2日付)は早速、「興味深いのは、トランプ氏がいわゆる『ストロングマン』と呼ばれる好戦的な世界の首脳たちにしばしば好感を表現している」と分析している。具体的には、①トランプ大統領は先月29日、麻薬との戦争を通じて人権侵害によって国内外から厳しい批判を浴びているフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領大統領と電話会談、②それに先立ち、エジプトのクーデター権力者エルシーシ大統領をホワイトハウスに招待、③国民投票で憲法改正案が承認されたトルコのエルドアン大統領に祝賀の電話、④ロシアのプーチン大統領には親しみを表現し、⑤米フロリダ州パームビーチで会見した中国の習近平国家主席を「素晴らしい男」と称賛した、といった実例を挙げている。

ところで、「中央日報」がストロングマンとして挙げた世界の首脳たちの共通点は、メディアから“独裁者”と酷評されるケースが多いことだ。換言すれば、トランプ氏は世界の独裁者と酷評される政治指導者に好感を抱いているわけだ。
もう少し、厳密にいえば、大統領就任100日が過ぎた今日も欧米メディアから酷評されるトランプ氏は、メディアで独裁者と呼ばれる政治家に一種の同胞感、共感を覚えているのかもしれない。

ここでは、 金正恩氏がストロングマンか、という点に絞って考えてみた。例えば、人口約14億人を抱える大国・中国の習近平国家主席は確かにストロングマンだが、その彼も中国共産党内に少なくない政敵を抱えている。腐敗官僚、政治家の追放キャンペーン実施中だから非常に危険な状況にある。“明日が分からない”といったところだ。
ひょっとしたら、ストロングマンという表現に最もピッタリとする首脳といえば、ロシアのプーチン大統領かもしれない。機会がある度に自身の肉体美を誇るからではない。反プーチン勢力は脆弱で、強力なライバルはいない。メドヴェージェフ首相はプーチ氏が好きな愛犬より忠実な側近だ。

それでは、プーチン氏と金正恩氏を並列に並べて「ストロングマン」と呼ぶのはどうか。前者はKGB出身で政治の裏表に精通した人物だ。政治キャリアから見れば、プーチン氏と金正恩氏では雲泥の差がある。にもかかわらず、金正恩氏とプーチン氏を同列に扱えば、プーチン氏はきっと気分を害するだろう。

それでは金正恩氏はストロングマンではないのか。政治経験や知性から見たならば、金正恩氏は確かに見劣りするが、他のストロングマンが欲しくても手に入れることができないものを持っている。プーチン氏、ドゥテルテ大統領、エルシーシー大統領、そしてエルドアン大統領はその地位を維持するためには選挙の洗礼を受けなければならないが、金正恩氏には選挙はいらない。

米大統領の最長任期は1期4年を2回、通算8年間だ。トランプ氏が尊敬するレーガン米大統領(任期1981~89年)が8年を終えて退く時、「米大統領の任期は8年で終わりか」と呟き、ホワイトハウスから去らなければならない無念さを吐露したという。

金正恩氏はレーガン大統領もかなわなかった夢を実現できる数少ないストロングマンだ。選挙で落選すれば、その翌日から「ただの人」になる永田町に屯する日本の政治家ではないのだ。若く、政治世界では経験が乏しい、と欧米メディアで常に馬鹿扱いされる金正恩氏はひょっとしたら世界最強のストロングマンかもしれない。

ただし、金正恩氏にも弱点がある。金正恩氏を世界最強のストロングマンの地位から引き下ろす潜在的危険要因は、その130キロを超えた体重と、アルコール中毒による肝臓病と糖尿病の発病だ。金正恩氏の任期には制限はないが、その健康状態には常に赤ランプが灯っているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年5月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。