金正恩氏とのディールは実りなし

長谷川 良

朝鮮中央通信より引用(編集部)

北朝鮮の最高指導者金正恩労働党委員長は核兵器と弾道ミサイルの保有が政権維持にとって不可欠と考えているから、日米韓や中露がそれらの放棄を差し迫ったとしても核・ミサイル開発を絶対に諦めない……、これが北情勢を考える上での前提要因だろう。だから、北に核開発の放棄を要求する6カ国協議や国連安保理決議は大きな成果をもたらさないと考えるべきだ。

もちろん、国連安保理決議に基づいた対北制裁はそれなりの圧力とはなり得るが、平壌の政策を変更させるだけの力はない。なぜならば、国連対北制裁履行状況を検証する専門委員会の報告書を読めば分かるように、制裁の抜け道は数多くあるからだ。北の海外資産凍結はわずかながら効果を持っているが、海外隠し資金の全容を掌握することは容易ではない。

その北で14日午前、同国北西部・平安北道亀城から弾道ミサイルが発射された。ミサイルは約800キロメートル飛行し、高度は2000キロメートルを超えた後、日本海に落下したという。高度2000キロメートルを超えたミサイルは今回が初めだ。日韓関係者は「北の新型ミサイルの可能性がある」として、詳細な情報収集に乗り出しているという。

北のミサイル発射が韓国で文在寅大統領が就任した直後であること、中国政府が力を入れている「シルクロード経済圏構想(一帯一路)」首脳会議が14日開幕した、という2点から、「平壌側はなんらかのメッセージを両国に向け発信した」と受け取られている。

ところで、トランプ大統領は今月1日、ブルームバーグとのインタビューの中で、「適切な状況になれば、金正恩氏と直接会談する用意がある」と述べて話題を呼んだ。同大統領は北が核・ミサイル開発を断念すれば、金正恩政権の安全保障を約束するディ―ルを考えているようだ。

民主的に選出されたトランプ氏の任期は4年だ。再選しても最大8年間だ。新しい米大統領が誕生すれば、前政権の政策を修正したり、訂正することは十分あり得る。実際、トランプ氏はオバマ前大統領の主要成果であるオバマケア(医療保険制度改革)の見直しを始めている。ブッシュ米政権が2008年、北をテロ支援国家リストから削除したが、トランプ政権に入って再びテロ支援国家入りする可能性が出てきた。

長くても8年の任期しかない米大統領が「金正恩氏よ、私はあなたの政権の安全を保障するから、核・ミサイル開発を中止してほしい」と説得したとしても、金正恩氏からいい返事は期待できないだろう。換言すれば、金正恩氏は選挙で選出された如何なる指導者とも真摯な約束をする考えはないということだ。

その上、重大な人権蹂躙や戦争犯罪を犯した独裁者に対し、政権保障を約束できる政治家や国際機関は存在しない。独裁者がその政権から離れれば、国際司法裁判所がその独裁者を起訴するだろう。「人道に対する罪」で訴えられたセルビアのスロボダン・ミロシェヴィッチ元大統領やボスニアのセルビア指導者ラドヴァン・カラジッチ氏の姿を想起すれば十分だ。金正恩氏はまだ若いが、そのような世界情勢を知っているはずだ。

北が核・ミサイル開発に拘るのは、政権維持の唯一の方法だからだ。しかし、その政権の安全保障と引き換えに核・ミサイル開発の放棄というオファーが米国から飛び出したとしても、北はそれに飛びつかないだろう。

北とのディール(取引)は決して実り多いものではない。トランプ氏は大統領就任直後の対北問題で実業界では得られなかった貴重な体験をしているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年5月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。