国家戦略特区に5回ほど提案を行った経験のある、認定NPO法人フローレンスの駒崎です。今回は、僕もよく知る内閣府の担当者の方が批判の矢面に立っていることを見て見ぬふりできず、筆を取りました。
国家戦略特区って何だろう?
国家戦略特区は簡単に言うと、「これまで変えたくても変えられなかった、時代遅れだったり陳腐化してしまっている制度を、一部の地域で実験的に変えてみようよ」というもの。
特区は東京圏を中心に、愛知県や関西圏など、全国約10カ所が指定されています。「この規制を緩和して!」というのは、いち事業者でもできて、NPOの僕たちも何度も提案を行って、それに乗ってくれる特区自治体さんのご協力もあり、規制緩和を実現してもらいました。
国家戦略特区を使った規制緩和の事例:僕の場合
例えば、僕たちは「保育士試験の2回化」というものを提案しました。
都市部の待機児童問題の大きな原因の一つに、保育士不足があります。保育士が集められず、開園ができないのです。その要因は処遇が低いことや重労働であることもあったのですが、「試験が年1回しかなかった」ということも、地味に供給を制限していました。
僕も保育士試験を受けて保育士になった一人なんですが、最初に受けた時に、10科目中、1科目だけ落として、しかも1問だけ合格点に足りなかったのです。何とも詰めの甘い男なのですが、あの時はものすごい悔しかったです。
そんな「もう後ちょっと」の僕みたいな人も、「また来年受けてね」となります。でも、そういう人が、果たしてもう1年待つ必要が、保育士不足が甚だしい状態の時に、本当にあるのか。なぜTOEFLみたいに、常時試験を受けられないのか。
そうした疑問を当時の厚労省保育課長にぶつけてみたところ。
「夏休みに試験会場として大学を安く借りられる。だから、年に1回」というお返事をもらいました。
いや、ありえんだろ、と。そこは待機児童問題解決の方が重要なんだから、会場代くらい出そうよ、と。
でも、有識者会議(子ども子育て会議)でいくら言っても、厚労省は頑として譲りません。
そこで、国家戦略特区会議に持っていって、熱弁をふるいました。そうしたところ、「それは是非やりましょう」ということで内閣府の担当者の方が、厚労省担当者を呼んできて、民間の特区委員の方々の前で、厚労省のできない理由を聞き、議論を行いました。
厚労省の言い訳は、さきほど述べたように妥当性に欠けるものだったので、民間委員の方々から集中砲火を浴びました。結果として、厚労省は折れ、「地域限定保育士」という名前で、試験を2回にすることを決めました。
神奈川県の黒岩知事が実施エリアに手を挙げてくれて、神奈川県で初めての2回目試験が行われました。その後、有効性が確認され、特区以外でも全国で試験を2回化しようということになりました。
今では、保育士試験合格者の1割は2回目試験合格者になっています。
加計学園のしたかったこと
特区提案者として、特区シンポジウムに呼ばれて登壇した際に、加計学園の獣医師学部特区について話を聞きました。
鳥インフルエンザや口蹄疫などの家畜を襲う疫病に対し、その地域に閉じ込める初期対応が肝なのだけれど、獣医師が足りない。一方で獣医師会は「数の上では獣医師は足りている」と言っているが、多くの獣医師はペット向けの動物病院に勤務してしまい、家畜等への医療に従事せず、不足してしまっている。
よって、それまでの「獣医師学部を増やさせない」という規制を、加計学園が今治市と連携して打ち破っていこう、ということだったと記憶しています。
(参照:高知県 獣医師が不足しています。(社会的使命への貢献))
これ自体は、いろいろな意見はあるにせよ、理にかなったもののように僕には聞こえました。
忖度は悪いこと?
内閣府が文科省に「総理のご意向が」あるため、頑張って規制を緩和してほしい、と交渉したということですが、これは悪いことでしょうか。
僕にはそうは思えません。
というのも、国家戦略特区というのは、以下のような指示命令系統になっています。
そう、トップに総理大臣がいるんですね。なぜ総理かと言うと、大臣レベルだと、自分の役所以外の、他の役所にモノを言う権利がないからです。
特区による規制緩和は、いろんな省庁の持っている、既得権益や制度に穴を開けていくことになるので、総理の権限が必要になってくるのです。
その総理の「無意味な規制に穴を開ける」という意志をくんで、省庁に対して「頑張って規制を緩和しよう」というのは、職務範囲から逸脱することではないですし、むしろ頑張ってやらないといけないことではないでしょうか。
保育士試験2回化の時も、内閣府は嫌がる厚労省に対し何度も、「もうちょっと考えてきてください」「その理由だと理由になりませんよね」と再考を促していました。それが、総理を頂点におく、特区という制度の、担当である内閣府職員のお仕事なのです。トップの意志はくむでしょう。
総理の友達だから、特区でOKされたのか
総理の長年の友人だから、特区で通った、と言う報道も見ました。これも首をかしげざるを得ません。
というのも、僕はどちらかというと自民党に批判的で、これまで何度も自民党や安倍政権の保育政策をDisってきました。「保育園落ちた日本死ね」の匿名ブログの作者だと疑われた時期もあったくらいです。
そんな僕が、特区制度に5回も提案を行い、そのうち4回は提案が通っているんです。(往診16キロ規制の緩和・保育士試験2回化・小規模保育の全年齢化・小規模保育に大人用障害者トイレをつけろ規制(バリアフリー規制)の緩和)
僕は総理の友人でも何でもないのですが、加計学園の4倍、特区提案が通っているわけです。もし友人だから通るのであれば、僕は加計学園理事長以上に、安倍総理と大親友、あるいは義兄弟に近い間柄ということになってしまうでしょう。
特区制度を、台無しにしないで
僕が恐れるのは、この加計学園問題で、特区制度が台なしになってしまうことです。
国家戦略特区は、この国に溢れる意味のない規制を改革する、唯一と言って良い武器です。それが、どこが悪いのかいまいち不明瞭な加計学園問題によって抑制されて、改革の武器を失ってしまうのは、国益を失うことと同義です。
本当に、皆さんが思っている以上に、この国には無意味で陳腐化した制度が溢れまくっています。その制度たちも、当初は意味がありました。善意がありました。熱い想いがありました。
しかし、時をたつにつれて意味は失われ、新しいものが生まれることを阻む岩盤のような障壁になっていきます。
特区制度は、「そもそもこれって、何で規制してるんだっけ?」と改めて問える道具なのです。
そして、「え、もう意味ないじゃん。じゃあ、こうしてみようよ」と実験ができる道筋なのです。
さらに、「この地域でうまくいったんなら、全国に広げようよ」と言うことが可能になる制度なのです。
だから、どうかお願いなので、加計学園問題で、この特区制度そのものを悪者にしないでください。
内閣府の特区担当者を、森友よろしく忖度しまくりの極悪人扱いするのをやめて、冷静に議論してください。何が悪い点なのか。そしてそれは本当に悪いことなのか、を。
国民の皆さんが、その場の感情に流されず、冷静に議論してくださることを、心から期待しています。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のヤフー個人ブログ 2017年5月20日の投稿を転載させていただきました。転載を快諾いただいた駒崎氏に感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。