敷金全額返還は民法改正だけでは実現しない!

荘司 雅彦

民法改正でトラブルはなくなるのか?(写真AC:編集部)

改正民法では、敷金の全額返還が義務付けられました。もっとも、従来から国交省のガイドラインによって全額返金が原則とされてたので、特に運用が変わることはありません。

改正民法も強行法規ではないので、特約をすれば敷金の一部を変換しないという契約も認められるでしょう。

改正法で「全額返金が原則」と規定されたと言っても、私は賃借人の敷金に関する苦情が減ることはないと思っています。

というのは、敷金と明け渡しは同時履行ではなく、明け渡し後に敷金を返還すればいいということになっているからです。明け渡しをして、賃貸人(大家)がチェックして、経年劣化以外の特別な破損部分の修理費用を差し引く必要性から同時履行が認められていないのです。

ところが、これを悪用する賃貸人(大家)や不動産業者が跡を絶ちません。本来であれば経年劣化として差し引くことが出来ない汚れを”特別な毀損”として、グルになっている工務店に法外な見積書を書かせて、敷金からその金額を差し引くのです。

差し引かれた金額が5万円とか10万円くらいだと、弁護士に依頼すると時間と費用がかかって”持ち出し”になってしまうし、少額訴訟や民事調停を自分でやるのも手間がかかるので諦めてしまう人がとても多いのです。こういう人たちが行政に苦情を申し立てるのですが、苦情だけで終わってしまうのがほとんどです。

数十万単位であっても、賃貸人に差し押さえが可能な確実な資産がなければ(賃貸物件が既に銀行借り入れの抵当権が入っているなど)、空振りに終わってしまい、訴訟に使った費用がまるまる持ち出しになってしまうケースもあります。

「とても綺麗に使っているので何としてでも敷金を返してもらわないと困る」と相談された時は、「敷金が2ヶ月分であれば、家賃を2ヶ月支払わないのが一番の方法です。ちょっと資金繰りが出来ませんで…必ずお支払しますから、とでも言い訳をしておけば2ヶ月くらいで訴訟を起こす大家はいません」とアドバイスしています。

これは本来やってはいけないことですが、賃借人としての自衛手段はこれしかないのです。何も落ち度がないのに、5万円とか10万円の損失を甘受しなければならない義務はありませんから。

運用上は、明け渡しに賃貸人か賃貸人の代理人が立ち会って検分を行う場合には、鍵等と引き換えに敷金を現金等で支払うよう義務付けるのが一番でしょう。検分の終了を「明け渡し終了」とみなせば、同時履行にはなりません。従来の判例や慣行を崩すことにもなりません。

国交省や自治体は、このような運用を義務付けるよう業者に強く指導すべきだと思います。法文だけが変わっただけでは何の意味がありません。実生活で正しく運用されることが重要なことなのです。

荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年5月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。