脱サラからの4年半を構造的に振り返る(前半)

宇佐美 典也

ども宇佐美です。
6/17のキャリアサロンでの講演に向けて、経産省を辞めてから今までの流れを整理しているのですが、脱サラを目指す人に参考になりそうな実体験が語れるような気がしているのでちょっとまとめたいと思います。

さて振り返るに私が経産省から辞めてからの4年半は大きく、①転落期、②底打ち期、③浮上期、④再転落期、⑤再出発期の5つに分かれます。以下それぞれの時期を振り返って思うことを簡単に説明していきます。

1.転落期(2012.9 – 2013.2)

経産省退職後半年は「何をしてもうまくいかず精神が崩壊していく」という期間だった。このころは「分不相応なことにチャレンジしようとして他人を巻き込もうとして、周りから呆れられてスタートすらしないでつまづいて勝手に傷ついて落ち込む」という情けない時期だった。振り返ってみるに原因としてあげられるのは

 ①退職してもはや一浪人にすぎなかったのに「経産省の官僚」という意識を独立後にも引きずって、自分の要望が他人に受け入れられるものと期待しずぎていたため、周りとのコミュニケーションが上手くいかずすれ違いが生じたこと
② 単純にそもそも人生で上手くいかないという経験になれておらず失敗に対する耐性がなかったこと
③ 失敗するたびに精神が不安定になり方向性を変えてあっちこっちにフラフラして、特定の分野で粘り強くチャンスをうかがう根気を失っていたこと

などがあげられる。総じて今までの人生で溜まった無駄な見栄やプライドなどの垢を削ぎ落とす時期だったように思える。それでもこのころは経産省時代のご縁で官庁がらみの調査事業の下請け作業を引き受けてなんとか生き延びることができていた。当時自分を養ってくださったみなさんには本当に感謝している。

2. 底打ち期(2013.2 – 2013.8)

相変わらず仕事はうまくいかないものの、上手くいかないこと自体に慣れ、また少しずつサラリーマンとしての感覚を卒業し、金が無いなりに精神的に安定してきた時期。とはいえ常に先が見えない漠然とした不安を抱えていた。そういう先々の不安を打ち消すため、心の師匠杉村大蔵先生の教えに従い「つべこべ考えず目の前にことに一生懸命取り組む」という心構えで、ひたすらブログを更新して名前を売りつつ、引き続き役所の調査の下請け作業とそれなりに会員が増えたメルマガで食いつなぎ、本を読みあさりながら自分の生きる道を探していた。振り返ればこの時期は精神的修養と自分の名前を売るための情報発信の時期だった。以下はこの時期の代表的な思い出。

①貧乏が常態化し、口座残金が1000円になりにっちもさっちもいかなくなったのでFacebookで「助けてくれ、金がない、まじハラ減った」というようなことを書いたら、長らく音信不通の友人のお母さんが炊飯ジャーとカレーを持って助けに来てくれた。(いつか恩返しをせねば。。。)
②上野公園でホームレスを見つめながら「俺もいつこうなってもおかしくないな〜」と小一時間ワンカップ大関を飲みながら過ごす
③東大の同級生の結婚式に出席した時に、ご祝儀を払う余裕がなく(出世払いで許して)と書いた紙を入れる。その後式の場では自分がとてつもなく惨めに感じ、家に帰って独り泣く。

そしてついに2013年7月に退職以来唯一の定期収入源だった行政の下請け仕事をキーマンを怒らせたことで打ち切られ呆然とするも、逆にそれで覚悟が決まり、意地でも自分で商売の食い扶持を探そうと決意が深まる。

浮上期以降は次回へ。
ではでは今回はこの辺で。


編集部より:このブログは「宇佐美典也のblog」2017年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は宇佐美典也のblogをご覧ください。

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