【映画評】武曲 MUKOKU

武曲 (文春文庫)

鎌倉。矢田部研吾は剣道5段の腕前を持ちながら、剣道の師である父にまつわる、ある出来事によって、生きる気力を失い、酒におぼれ自堕落な日々を送っていた。そんなある時、研吾のもう一人の師匠である光邑師範が、研吾を立ち直らせるため、一人の少年を送り込む。ラップの作詞に夢中な高校生・羽田融は、本人も知らない“天性の剣士”の素質を持っていた。二人は、剣道八段の光邑師範の教えを受け、人間として、剣士として精進していくが…。

古都・鎌倉を舞台に、年齢も境遇も違う二人の男が剣士として高め合い、命懸けでぶつかりあう姿を描く「武曲 MUKOKU」。原作は芥川賞作家・藤沢周の小説「武曲」だ。研吾は厳しすぎる父親が敷いたレールに反発し、かつては“殺人剣の使い手”だった父に対して屈折した愛憎の思いを抱え、もがいている。父とのある事件がきっかけで、進むべき道を見失って剣を捨てた研吾の宿命の相手が、ラップに夢中な高校生という設定がまず意外性がある。どこから見てもイマドキの少年の融だが、実は彼は、過去に台風の洪水で死にかけた経験があり、その臨死体験以来、死に魅入られているのだ。研吾は、融の中に、父と同じ“天性の剣士”を見るが、それ以上に、死を感じながら闘う魂の叫びに共鳴したに違いない。描かれるのは現代の剣道だが、これはまさに時代劇の剣士そのものだ。息詰まるほどの緊張感の中で、自分の、そして相手の心の闇を垣間見て、弱さを克服するには命懸けで戦うしかないことを知るのである。綾野剛の鍛え上げた肉体と狂気のまなざしが素晴らしい。一方で、まだ若い俳優・村上虹郎が演じる融の、思春期特有のナイーブさや傲慢さ、りりしさなどにも魅了される。夜の闇の中、豪雨にうたれながらの死闘は、圧巻だ。剣豪という言葉が、現代劇でこれほどフィットするとは。父と子。剣士と剣士。生と死。闘うことでしか生きられない男たちの異様な気迫が、鮮烈な光のようにスクリーンに焼き付けられている。
【70点】
(原題「武曲 MUKOKU」)
(日本/熊切和嘉監督/綾野剛、村上虹郎、前田敦子、他)
(迫力度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年6月7日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。