再建中のベルリン王宮の丸天井に十字架をつけるかどうかで議論が戦わされている。王宮建設を担当する建築家フランコ・シュテラ氏は独日刊紙ヴェルトで、「丸天井から十字架を削除する考えは受け入れられない。十字架がなくても、丸天井事態がキリスト教のシンボルだからだ」と指摘。一方、ベルリン市議会の一部議員、「左翼党」や「緑の党」の政治家は「フンボルトフォーラム(ベルリン宮殿の新名称)の世界観では中立主義という原則が崩れる危険性が出てくる」と警告を発している。バチカン放送独語電子版が4日、報じた。
話を進める前に、ベルリン王宮(Berliner Stadtschloss)の歴史を簡単に紹介する。王宮はベルリン中心部にある宮殿で、1701年からプロイセン王国国王が使用し、1871年からドイツ帝国皇帝の居城となった。しかし、1918年、ドイツ革命で君主制が廃止されると、ベルリン王宮は博物館として利用された。第2次世界大戦で米英空軍の空襲を受け、王宮は破壊され、1950年に東独政権によって取り壊された。
それが東西ドイツの統一後、ベルリン王宮の再建が提案され、ベルリン王宮を複合文化施設とすることで一致し、ベルリン王宮を「フンボルト・フォーラム」(Humboldtforum)という呼称で呼ぶことになった。再建工事は2013年、始まった。工事費は5億9000万ユーロと見積もられている。完成は2019年の予定だ。
テーマに入る。カトリック教会の ハイナー・コッホ大司教やプロテスタント派教会関係者は、「フンボルトフォーラムに十字架を取り付ければ、キリスト教に刻印された文化施設という事実を押し付け、他宗派の世界観の人々との対話の道を阻止する、といった議論は全く根拠がない」と強調する。
ドイツのイスラム中欧評議会議長のAiman Mazyek氏は、「イスラム教徒として十字架が自分の心を圧迫するとは感じない。王宮の十字架でも同じだ。王宮は歴史的にもキリスト教のシンボルだ。それを強制的に撤廃する必要はない。イスラム国から訪問した者が王宮の十字架をみてストレスを感じるという懸念は考えられない」と述べ、キリスト教会の立場を擁護している。
キリスト教圏外の日本で生きていると、上記のような論争は理解できないだろうが、欧州ではいずれも真剣だ。自分の子供が学校の教室に掛かっている十字架を見るたびに気分を悪くするとして欧州人権裁判所(EGMR)に公共学校内の十字架の撤廃を要求した両親がいた。両親は無神論者だった(「人権裁判所、十字架問題を再審へ」2010年6月28日参考)。
欧州では裁判所や公共施設内の十字架は撤廃される方向に向かっているが、その基本となる立場は「宗教の中立性」という観点だ。キリスト信者だけではなく、イスラム教徒、仏教徒など他宗教を信じる人々が共存している欧州でキリスト教のシンボル、十字架だけが特権を享受することは許されないという主張だ。
しかし、衰退傾向にあるキリスト教だが、欧州社会ではやはり多数派を占めている。社会の多数が信じている宗教のシンボルを飾ることは当然だという反論がある。ただし、少子化が進み、キリスト信者の教会離れが加速化する一方、イスラム教信者の移民、難民が増え続け、イスラム教家庭の多産を考えれば、50年後、欧州の宗教図は変わり、イスラム教が多数を占める時が確実に到来すると予測される。イスラム教の大統領が近い将来出現するという近未来小説「服従」で話題を呼んだフランス作家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)氏の予想は純粋な人口学の動向からみれば、極めて現実的なシナリオだ。
「正教分離」について。宗教は個人の問題だから公共関連施設では如何なる宗教的シンボルも禁止するという考えがある。「政教分離」は一つの対策だが、政治と宗教を果たして完全に分離して扱うことが出来るだろうか、という素朴な疑問が出てくる。欧州社会の世俗化は「政教分離」という名目で進められていった社会の非宗教プロセス化の結果ではないか。
宗派間で和解と寛容が生まれてくれば、十字架、スカーフ、キッパの宗教シンボルを着けていようがいまいが人間の生活の営みではまったく障害となることはないはずだ。本来取り組まなければならない課題は「政教分離」の徹底化ではなく、宗派間の対話促進ではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。