「自由」について問い続ける中国の学生②

最近、たて続けに、海外への留学を希望するクラスの学生が推薦状を書いてくれと訪ねてきた。一か月ほど前、英国留学を希望する学生のために書いたのだが、好評だったようで、それが口コミで広まった。何度も面接を重ね、十分、相手を理解したうえで、長所と私の期待を書いただけだ。ほかの先生はそんなに時間をかけないらしい。最初の学生は「これほど学生に心を注いでくれる先生に初めて会いました」とお礼状をくれた。私は学生たちと学び合うためにここに来た。お安い御用というか、当然の義務である。

それにしても、今の中国人学生は、いかに競争を勝ち抜いていくかという知恵には驚くほど長けている。しっかりとした戦略を立て、幅広くアンテナを張っている。良くも悪くも、特殊で過酷な社会環境の中で、学生たちはそれを自然に身につける。学内の先生たちからはしばしば、過剰な功利主義と批判される。もちろん、そうでない地道な学生もいる。だがほかのみなが目立つことをする中で、なかなか自分を表現できず、クラスで埋もれてしまいがちだ。先生たちも目を引く学生を重用するので、功利主義に手を貸していることになる。だから私のクラスでは大原則を立てている。

あらゆる発言は尊重され、各自の独自な思考は同じ価値を持つ。と同時に、おのおのは他者の発言を尊重する義務を負う。それが自由の前提なのだ、と。

時々授業をさぼるものの、教室で要領よく自己主張をする学生の発言権は、毎回まじめに出席している学生に及ばない。研究発表の順番では、きちんとその原則を明確にしている。自由と公平はコインの両側だ。授業をさぼるのも自由、教室で発言するのも100%自由だが、集団がある以上、そこには公正、公平、平等といった全体を覆う秩序、原則が存在する。正直者がバカを見るような社会を助長することは許されない。

酒の席で、ある男子学生が聞いてきた。「授業中、学生が携帯をいじっていたら、先生はどんな気持ちなんですか?」と。彼にしてみれば、禁句を口にするような好奇心があったのだろう。だが、私は簡単に即答した。「もし君が一晩中かかって考えたような大事な話をしているとき、それを一番聞いてほしいと思っている友人が、携帯をいじって無視していたらどう思う」。話すのも自由、聞かないのも自由であれば、自由を語る意味がない。言葉を発したい人がいて、それを聞いてくれる人がいて、初めて自由が成り立つ。

だから私は「尊重」を語る。現代が最も欠いているものだ。

権力のある人の発言も、弱い立場にある人間の発言も、みなは同じ敬意を払って耳を傾けているだろうか。メディアに登場するのは、いわゆる「権威」ある人ばかりで、私の経験からすると、えてして人格的には劣る人が多い。ただ、手っ取り早く、収まりがよく、当たり障りがない。つまりコンプライアンス的にはリスクが少ないということになる。紙面編集もこうした基準で行われている。知る権利、報道の自由などとは無縁のルーティンワークだ。

他者への尊重は、人類への愛、真実を求める愛に裏打ちされてされてこそ意味を有する。愛の反対は憎しみではなく無関心である。愛があるから希望があり、と同時に失望が生まれる。無きもののように扱われたとき、人は絶望を感じるしかない。こうした議論を抜きに、言論の自由だ、表現の自由だと語っても、机上の論述ゲームでしかない。時間も無駄だ。むしろ人を欺く点において、害の方が大きい。

最終講義はこんな感じになるのか・・・。

汕頭大学は就職率がよく、年々人気が高まっているものの、中国国内で決してトップクラスの大学ではない。よりよい条件で仕事を探そうとすれば、プラスアルファのキャリア、研究生(大学院)の肩書が必要だ。しかも国内は難関なので、海外でという道を探る学生も少なくない。競争は激しい。だが、生活が豊かにもなったのだ。

こうした事情は理解できる。だが、功利だけに走る人生は、いずれ壁にぶつかる。人間の欲望は無限であって、他との競争の中で優劣だけを求めていれば、終わりのない戦いに疲弊し、自由を希求する精神は摩耗する。金と権力で精神の自由は得られない。必要なのは自分の価値観、人生観、世界観、大きく言えば思想である。大学は功利を求める技術を教えるのではなく、この思想を説かなければならない。青春の貴重な時間は、功利とは対極にあって、無駄に見える思想の探求に費やすべきだ。

そこで、自由論である。自由を侵食しているのは、圧政でも、無関心でもなく、もしかするとこの功利主義こそが最大の敵なのではないかと思える。実際、そう告白する学生がいた・・・。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年6月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。