「政治家コール」と「人間コール」の顔

冷戦時代の主人公がまた一人亡くなった。16日午後、独週刊誌シュピーゲル(電子版)が速報を配信した。ヘルムート・コール元独首相だ。87歳だった。政界から引退して以来、健康問題もあって公の場に姿を見せることはほとんどなかった。時たま再婚した夫人の助けを借りながら車椅子に座るコール氏の姿が小さく報じられるだけだった。コール氏の愛弟子、アンゲラ・メルケル首相がドイツ政権で活躍しているにもかかわらず、コール氏の名前がメディアに取り上げられることは東西両ドイツ統一の記念日(10月3日)だけになっていた。

ヘルムート・コール氏(ドイツ連邦政府の公式サイトから)

独メディアによると、コール氏とメルケル首相の関係は決して師匠と愛弟子といった関係ではなく、両者の間には少々気まずい雰囲気があったという。メルケル氏の活躍は本来、師匠コール氏の喜びともなるはずだが、生身の人間コール氏には決してそのようには感じられなかったのかもしれない。明確な点は、欧州連合(EU)の盟主ドイツの中心人物であり、「世界で最も影響力のある女性」にも選出されたメルケル首相の存在はコール氏なくしては考えられなかったことだ。旧東独出身の牧師の娘、メルケル氏を抜擢したのはコール氏だったからだ。

コール氏のハンネローレ夫人は光アレルギーという特殊な病にかかり、最後は自ら死を選んだ、と聞いている。41年間連れ添ってきた夫人が亡くなると、コール氏はマイケ現夫人と再婚した。そのニュースを聞いた時、少々ショックを受けた。マイケ・リヒター現夫人とは35の年齢差があったからではない。最初の夫人との関係を考えた時、再婚は早すぎたのでないかと当方が勝手に考えたからだ。チェコのバツラフ・ハベル大統領(当時)が共産政権時代に5年間の獄中生活を支えてくれたオルガ夫人が亡くなると、女優の現夫人と再婚したというニュースを聞いた時もそうだった。多分、政治家は孤独な職務なのだろう。身近に常に付き添ってくれる夫人がいなければ生きていけないのかもしれない。

シュピーゲルなど独メディアを読んでいると、コール氏の隠居生活の様子が時たま報じられたが、コール氏の政界引退後は独メディアとの関係は良くなかった、というよりかなり険悪化していた。コール氏の伝記をまとめていた著作家との関係も厳しかった。マイケ夫人がコール氏の日常生活を管理し、誰と会うかなど全てを管理していたこともあって、コール氏の生活は孤立していった感じがあった。

政治家・コール氏の「公の顔」とその功績はここに書くまでもないだろう。東西両ドイツの統一の功労者であり、EU統合を促進した政治家だ。連邦首相職16年間(1982~98年)という最長在職記録保持者だ。その輝かしい政治キャリアを想起する時、政界引退後のコール氏の「私の顔」は少々寂し過ぎたと感じるのは当方だけではないだろう。直接の契機は、首相退陣後、不法政治資金調達疑惑が発覚し、コール氏の政治キャリアに泥が塗られたことだ。

冷戦時代を彩った3人の政治家ロナルド・レーガン米大統領、ヘルムート・コール首相、そしてゴルバチョフソ連大統領のうち、2人が亡くなった。時代は確実に動いた。コール氏は自身の生きていた時代が要求した使命を果たして亡くなった。コール氏(1930年4月30日~2017年6月16日)の冥福を祈る。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。