北朝鮮から解放され、米国に帰国した米バージニア大の学生、オットー・ワームビア氏(Otto Warmbier、22)が19日、地元の病院で死亡した。ワームビア氏は観光目的で北朝鮮を訪問し、政治スローガンが書かれたポスターをホテルから持ち帰ろうとして、2016年1月2日に拘束された。裁判で15年の「労働教化刑」を言い渡されたが、昏睡状態に陥り、今月13日に解放された。
ワームビア氏の両親によると、北朝鮮は、「ボツリヌス菌の毒素による中毒で体調を崩し、睡眠薬を服用後に昏睡状態になった」と説明したが、米国の医師は、「ボツリヌス菌による中毒の症状は見られない。ただし、ワームビア氏は脳のあらゆる部分で組織が大きく損傷しており、呼吸停止で脳に酸素が行き渡らなかった症状と合致する。激しい殴打の証拠となる頭蓋骨骨折などの形跡はなかった」という。
以上、米学生の動向に関する読売新聞ら日本メディアの総括だ。以下は、当方の推測だ。それを裏付ける情報は目下、十分でないことを先ず断っておく。
北朝鮮は22歳の若い米学生に対し、何らかの細菌やウイルスを使った生物兵器の実験をしたはずだ。学生が昏睡状態に陥ったことを受け、米国側からの強い要求もあって、帰国させることを決めた。その狙いは、米国側に北の生物兵器のレベルを知らせることにあったのではないか。
米本土まで到着する大陸間弾道ミサイル(ICBM)完成までまだ時間がかかる。一方、トランプ大統領は北側に軍事攻勢も辞さない政治家だ。そこで金正恩労働党委員長は拘束してきた米学生に最新開発の生物兵器の効果を実験した。そして昏睡状況になった段階で米国に送り返した。北の核ミサイルはまだ米国本土に届かないが、「われわれはソウルをいつでも破壊させる生物兵器を有している」というメッセージをワシントン向けに発信し、トランプ大統領の対北軍事攻勢という選択を諦めさせようとしたのではないか。
実験には若い健康体の人間が必要だった。不幸にも観光目的で平壌を訪問中だった米学生がその対象に選ばれた。興味深い事実は、同学生の姓名がドイツ語系だということだ。「オットー」という名前はドイツ語圏ではありふれた名前だが、「ワ―ムビア」という姓名は珍しい。その名前の意味は「生暖かいビーア(ビール)」だ。
ワームビア家は北ドイツから米国に渡った移民家庭であり、母親系はユダヤ人だから、ワームビア氏はユダヤ系米国人ということになる。実際、大学では「ユダヤ学生グループ」のメンバーとして活躍していた。経済・商学を学んできた学生だ。父親は金属加工関連会社を経営する一方、母親系は米国で薬局を経営していた。
米学生の両親は司法解剖を拒否している。米当局は学生が北から帰国した直後、学生の健康を詳細に検診し、学生の死亡理由が生物兵器の実験結果である、という事実を掴んだはずだ。その情報を聞いたトランプ大統領は「非人道的な残忍なやり方」といった表現を使い北側を批判したわけだ。もちろん、米当局から学生の家族にも連絡が入ったと思う。「司法解剖を願わない」という両親側の決定には人間的な情もあるが、それ以上に何らかの機密に関する内容があったからかもしれない。同時に、ユダヤ教の宗教的な理由から司法解剖を受け入れられなかったこともあり得る。ユダヤ教の場合、死亡した人は24時間以内に埋葬されなければならないからだ。
いずれにしても、米国側は北側のメッセージを受け取ったはずだ。北にはいつでも実戦に投入できる、米国にもないほどの強力な生物兵器があることが伝わったとみて間違いないだろう。ただし、金正恩氏が期待していたような、トランプ氏の軍事介入を阻止できるか否かは不明だ。ちなみに、韓国国防省によれば、北は13種類の兵器用の細菌、ウイルスを保有しているという。フセイン時代のイラクでは、大量のボツリヌス毒素が生物兵器用として保有されていた、という情報がある。
米国は国民が殺害されたり、不法に扱われれば、国民全体が激怒する国民性だ。政府が報復行動に出たとしても強い反発は考えられない。北は今回、若い米学生を殺害した。最悪の場合、米国からの軍事的報復攻撃を考えざるを得ない。北側はそれを知っているはずだ。にもかかわらず、北は敢えてその冒険に出た。金正恩氏には他の選択肢がなかったわけだ。
さて、ボールは今、トランプ大統領の手中にある。シリアに巡航ミサイル・トマホークを撃ち込み、訪米中の中国の習近平国家主席を驚かせたが、北に対してはそう簡単にはいかない。
金正恩氏は、細菌生物兵器の実験用になった学生がユダヤ系米国人だったことを知らなかったはずだ。一方、「生暖かいビーア」という姓名のユダヤ系米学生は自分も知らないうちに歴史の歯車に絡みこまれ、かつて“東洋のエルサレム”と呼ばれた平壌を訪ね、そこで若い命を落す運命となってしまった。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。